プリンストン大学との戦略的提携基金

【プリンストン便り16(最終号)】ただいま、そしてさようなら、プリンストン!

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1年半にわたって楽しく書かせていただいたプリンストン便りですが、今回が最後の投稿となりました。

実は今年の夏に、夫の転勤のためプリンストンを離れて新天地での生活を始めました。ポストを求めて点々とするのは若い研究者の宿命です。引越は大変ですが、一緒に色々な景色を見ることができるのはとても楽しく感じています。

と、いうことで、ついこの間プリンストンを去ったばかりなのですが、ちょうど夫の出張があったので私も一緒にプリンストンに「里帰り」しました。

季節は秋。この町が本当に美しくなる季節です。特に今年は紅葉の当たり年で、プリンストンのしっとりと心地よい空気に包まれながら、色とりどりのキャンパスを楽しみました。

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お気に入りのローカルショップをチェックし、懐かしい友人とも一通り会って、「あぁ、帰ってきたなぁ」とホッとしています。歴史と文化が薫るプリンストンの町、本当に素敵です。

プリンストン便りが終わってしまうのは寂しいですが、この企画のおかげで、普段は聞けないようなお話を聞けたり、楽しい思い出を形に残すことができました。お付き合い頂きありがとうございました!

南崎 梓@(里帰り中の)プリンストン

【プリンストン便り15.5】SDSS見学レポート(東大・プリンストン大、交流の歴史。)

前回の記事でご紹介した通り、東大・プリンストン大の初めての組織的な共同研究となったのがスローン・デジタル・スカイ・サーベイ、略してSDSSという大規模な宇宙探査プロジェクトでした。その後SDSSは両大学が関わったCCDによる撮像を終え、現在は分光観測をしています。

ちょうど先日、夫とともにこのSDSS望遠鏡を見学する機会がありましたので、今回はその様子をレポートしたいと思います!

SDSS望遠鏡が設置されているのは、砂漠地帯の広がるアメリカ南西部、ニューメキシコ州のアパッチ・ポイントという場所です。

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今回わたしたちは、アパッチ・ポイントの近くにあるアラモゴードという小さな町に宿泊しました。このエリアには、ホワイト・サンズ国立公園があり、一面に白い砂丘が続く不思議な風景が広がっています。

 こんな感じ!

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アパッチ・ポイントは、この灼熱のホワイト・サンズ国立公園から約40km東に位置します。標高2800mの高地のため、一転して長袖が必要なほどの寒さでした。

こんな景色です。

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ここにはSDSSの他にも、写真にあるようなドーム型の望遠鏡が二基あり、別の観測をしています。この写真にも一応SDSSが写っています(一番手前の望遠鏡の影に、斜面から右側に飛び出すような感じでちらりと白い四角い建物が遠くにあるのが見え...ないですかね。ちょこっとだけ写っているんですが)。

最初に見学したのは、手前にあるARC 3. 5m望遠鏡(Astrophysical Research Consortium 3.5-meter Telescope)です。この真ん中の丸い部分が主鏡、右側に写っているのが副鏡です。

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主鏡のカバーを開くとこんな感じです。

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肉眼では平に見える大きな主鏡は実は少しだけ凹レンズに作られており、副鏡と共に光を効率よく集めています。

さて、このARCのようなドーム型の「ザ・望遠鏡」という感じの設備とは違って、SDSSの建物は家のような形をしています。正面から見るとこういう感じです。

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それでは観測時にはどうやって望遠鏡が外に出てくるのかと言うと、なんと中のSDSS望遠鏡を残して、この家全体が手前にスライドするんだそうです。大きな望遠鏡による精密観測を限られた予算で実現する工夫とのことでした。

このような設計のため、観測時に丸ごと外に晒されるSDSS望遠鏡には四角い金属の覆いが付いています。

こんな感じです。

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SDSSでは外から鏡を見ることができませんが、基本的には先ほどの望遠鏡と同じような仕組みで作られているそうです。

SDSSの後ろ側はこんな感じ。

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こちらの赤いシャツの男性は、この日私たちを迎えてくれたエンジニアのマークさん。ほとんど毎日ここにきてメンテナンスを行っているそうです。

お仕事の中で一番楽しいのはどんな瞬間ですか?と尋ねたところ、「僕は科学者ではないから、観測が上手く行った時より何か問題が起こった時に一番わくわくするんだ」とのこと。その場に居合わせた若いエンジニアの方も「新しいパズルが見つかると腕が鳴るんだ!」と満面の笑み。

きっと研究者側からすると、観測中に何か問題が発生するのは好ましいことではないのでしょうが、実は小さな問題は頻繁に起こっているそうです。「そのほとんどがプログラム上の小さなミスなんだけど、実は数年前に機械に問題が見つかって...」と、(ごめんなさい、あんまり英語が聞き取れなかったので内容はよくわからないのですが)やっぱり嬉しそうに語るマークさん。

 

彼らが毎日のように望遠鏡の様子に目を光らせ、意気揚々と問題を解決してくれているおかげで、貴重なデータを正確に集めることができるのですね。SDSSのデータを使って研究をしていた夫は、実際にこの地を訪れることができていたく感激したようでした。一つの観測にも、色々な人が色々な立場や形で関わっているのだということを再確認できた旅でした。

 

南崎 梓@今回はプリンストンではなくニューメキシコ州からお届けしました!って、本当は書きたかったのですが、なんと今はカリフォルニア州におります

 

(最後におまけ)アパッチ・ポイントからホワイト・サンズ国立公園が見えました。遠くに見える白い帯状のエリアです。こうして見るとかなり大きい!

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【プリンストン便り15】東大・プリンストン大、交流の歴史。

昨年10月に開催されたUTokyo Dayにて、Eisgruber学長は「わたしたちの交流の歴史は宇宙物理分野に古く、1980年代から続いている」と話していました。

そんなに長いんだ!しかも宇宙物理なんだ(夫の分野)!と驚き、もっと詳しく聞きたいなーとずっと気になっていので、学長のスピーチにお名前が挙がった、東京大学の須藤靖教授とプリンストン大学のEd Turner教授にお話しを伺ってきました。

それでは最初に、東京大学で理論宇宙物理学の研究をされている須藤靖先生[注1]のお部屋を訪ねてみましょう。コンコン(ノックの音)[注2]。

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東京大学理学部一号館 安田講堂の裏にあるカッコいい建物です

80年代の出会い

須藤先生に美味しいお茶を淹れていただき、早速インタビュー開始です。「Eisgruber学長が、ヤスシ・ストーって言っていましたよ!」と意気込んでお伝えすると、「いえいえ、私はその中の一人、というだけなんですよ」と先生。長い交流の歴史は、今から30年前、プリンストンに滞在し始めた三人の日本人から始まりました。

当時、天文学や宇宙物理学の世界では、銀河—銀河団—超銀河団といった、より大きなスケールで天体を観測すると見えてくる「宇宙の大規模構造」が発見され注目を集めていました。1981年、プリンストン大学の高名な天文学者であるJeremiah Ostriker教授は、この大規模構造が若い銀河の中で起こる爆発によって作られたとする論文を発表しました。残念ながらこれは現在の標準理論とは異なるものの、同じ年に全く同じアイデアを発表した研究者が日本にいたのです。北海道大学の池内了助教授(当時)でした。この論文を通じてOstriker教授に招かれた池内先生は、数ヶ月プリンストンに滞在しました。

須藤先生がプリンストン大学を訪れるようになったのも、1988年にニューメキシコ州にて開催された研究会でOstriker教授に誘われたことがきっかけでした。さらに同時期に、東京大学の福来正孝教授もプリンストン高等研究所のJohn Bahcall教授と研究を始めていました。

こうして1980年代以降、三人の日本人はそれぞれ休暇を見つけては数週間から数ヶ月プリンストンに滞在するようになりました。須藤先生の場合は、日本に就職してからも過去四半世紀にわたり10回以上プリンストンを訪れているそうです。

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須藤先生のイメージ  須藤先生から提供していただきました!ちょっと可愛い…

スローン・デジタル・スカイサーベイ

三人の個人的な交流が組織的な繋がりに拡大する契機となったのが、プリンストン大学がアイデアを出したスローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS; Sloan Digital Sky Survey)という研究プロジェクトです。

宇宙の誕生と進化の全体像など、宇宙そのものの謎に迫るには、星や銀河を一つずつ見ていてもわからないことがあります。そこで、宇宙の広域を見渡す「サーベイ(探査)」という新しい観測手法が求められていました。

SDSSの特徴は、過去にない規模の広天域をサーベイすることと、撮像にCCDという半導体素子を用いることです。今ではデジタルカメラでおなじみのCCDですが、当時は天文観測の世界に登場したばかりの新技術でした。

CCDは、それまで使われていた写真乾板とは比べものにならないほど精細な画像をデジタルデータとして取得します。そして、その膨大なデータに世界中の研究者がインターネットを通してアクセスできるのです。今ではごく当たり前になっているスタイルですが、当時としては従来の光天文学を変える革新的なプロジェクトでした。

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SDSSの発案者でありプロジェクトの中心人物の一人でもあるGunn教授

とってもフレンドリーな先生なんです

さて、壮大なSDSSプロジェクトの実現には、やはり大きな費用が必要です。そこでOstriker教授は、SDSSを米国と日本の国際共同プロジェクトとして進めるべく、須藤先生ら三人の日本人に声をかけました。

理論研究が専門の三人は、観測天文学の専門家である東京大学の岡村定矩教授(当時)に連絡を取り、早速、日本側の準備を始めました。一方で、生粋の研究者気質でSDSSの発案者でもあるJames Gunn教授は、予算獲得だけを目的として日本をパートナーに選ぶことに気が進まず、日本の技術力を確かめるべきだと考えていました。

そのために来日したGunn教授を納得させたのが、国立天文台の関口真木助教(当時)による「モザイクCCDカメラ」でした。CCDをたくさん組み合わせて一つの大きなカメラとして用いるモザイクCCDは、広域観測の肝となる技術です。Gunn教授が目にしたのは、関口氏を中心とした岡村グループがすでに完成させていた、モザイクCCDカメラのプロトタイプでした。まさに彼が求めた技術力が日本にあったのです。その後、関口助教はプリンストンに滞在しGunn教授と協力しながら、二年の月日をかけてSDSSの心臓部とも言えるモザイクCCDカメラを完成させました。

SDSSが育んだ豊かな人脈

1998年に日本チームが正式にSDSSに参加して以来、多くの研究者や学生が東京大学や国立天文台から、プリンストン大学宇宙科学教室に滞在し共同研究を継続してきました。彼らはこの場所を、建物の名前から「ペイトン(Peyton)」と呼んでいるそうです。

 

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ペイトン外観

 

須藤先生ら三人の「第0世代」は、後に続く若者たちがペイトンに滞在できるよう、積極的にサポートを続けました。派遣された学生や若手研究者たちは、プリンストン大学の錚々たる教授陣と共に様々な経験を積んでいます。第一世代には、現在の東京大学理学部附属木曽観測所所長である土井守教授、第二世代には現在マックス・プランク宇宙物理学研究所所長の小松英一郎教授を始め、今やこの分野を牽引する優秀な研究者たちの名前が並びます。

そして、現在ペイトンに滞在しているのが第三世代の研究者たち。普段よく顔を合わせているので[注3]、つい忘れがちですが、彼らも将来有望な若者たちです。もっと敬わなければいけませんね。

やがてSDSSは米・日以外にも世界中の国から200名を超える研究者が参加する本格的な国際共同プロジェクトに発展し、2009年に日本グループが作成したモザイクCCDカメラによる観測を終えました。全天の約4分の1もの広さにわたり25億光年先までの描かれた宇宙地図は、現在でも多くの研究者に利用され、新しい知見が得られています。

そして現在!

SDSSプロジェクトは従来の宇宙の謎を解き明かしたのみならず、「暗黒物質」や「暗黒エネルギー」という、これまでの科学の常識では説明できない根源的な謎の発見に大きく貢献しました。それらの謎に迫るには、直径2.5メートルのSDSS望遠鏡では見えなかったものを観測する必要があります。

現在、ペイトンのメンバーは再び東京大学や国立天文台と共に宇宙のサーベイ観測プロジェクトに取り組んでいます。今回は、日本が誇る直径8.2mのすばる望遠鏡に設置された、ハイパー・シュプリーム・カム(HSC; Hyper Suprime-Cam)という非常に高性能のモザイクCCDカメラが主役です。これは国立天文台の宮崎聡准教授が中心となって完成させました。

2014年3月に本格始動したHSCは、高解像度・広視野・深宇宙を全て満たす、世界で唯一の観測装置です。

HSCで一体どんなことがわかるのか?それは、東京大学の研究を紹介する「UTokyo Research」で紹介されています。詳しくはぜひこちらを:

http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/utokyo-research/editors-choice/dark-energy/index.html

HSCプロジェクトを開始した経緯について、プリンストン大学のEd Turner教授にもお話を伺いました。Turner教授は須藤先生と共にHSC立ち上げ時にお互いの国の窓口役を務めたそうです。

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ソフトな笑顔のTurner教授

初対面だったけれどとても優しくて話しやすい方でした

 

ペイトンのメンバーがSDSSに代わる次の観測プロジェクトを探していた頃、アメリカ国内でも2020年を目標に、HSCと同様の大規模な望遠鏡を建設する計画が立てられていました。

一方、すばる望遠鏡はもともと広い視野を見ることができるように設計されています[注4]。これに高性能のHSCカメラを設置すれば、アメリカの計画よりも早く観測をスタートできるのです。ペイトンの新プロジェクト選定について須藤教授に相談をしたTurner教授は、この日本の動きを知って早速一緒に行動を起こすことにしました。

 

文化を越えた共同研究の困難

Turner教授がHSC代表者の国立天文台の宮崎准教授や、東京大学理学部の相原博昭教授に連絡を取ると、すぐに前向きな返答が返ってきました。「須藤さんが誰に何を話すべきかアドバイスをくれたので、スムーズに話を進めることができました」とTurner教授が振り返る[注5]とおり、日本とペイトンはよく連携し、始まりはとても順調でした。

しかし、いざ正式に共同研究を開始するにあたり、ひとつ問題が生じました。アメリカでは、共同プロジェクトに参加する際には必ず詳細な契約書を作成します。ところが、すばる望遠鏡は他の観測プロジェクトにも利用されており、この時点ではHSCプロジェクトの観測日数を確約することができなかったのです。

「アメリカは契約の国だけれど、日本は信頼の国だ。日本人は、やると言ったらやる。信じてほしい」という須藤先生の言葉をペイトンのメンバーは信頼し、アメリカの常識では考えられない曖昧な契約書で、プリンストン大学の運営陣や顧問弁護士を説得しました。HSCの契約成立は、ペイトンのメンバーの理解と努力のおかげだったと須藤先生は言います。

この時のことを尋ねると、Turner教授は「須藤さんも宮崎さんも相原さんも、洗練された国際人でした。確かにアメリカ流の契約ではなかったけれど、100%日本流だったわけでもなかった。私たちは、日本流とアメリカ流のちょうど中間で話し合いができたと思っています」と話していました。須藤先生とTurner教授とは別々にお話を伺ったのですが、お二人とも、いかに相手が努力してくれたかを話しておられたのが印象的でした。

 

HSCは、日本とプリンストンおよび台湾の共同プロジェクトとして、今後5年間サーベイ観測を続けます。
その研究計画はすばる望遠鏡の運営員会に高く評価され、5年間で100晩以上というプリンストン大学との約束をはるかに超える、年間300晩の観測日数を確保することができました。現在すでに、これまでのカメラでは見ることのできなかった鮮明で美しい画像が公開されています。

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HSCで撮影した視野全体。すばる望遠鏡に取り付けたHSCでは満月9個分に相当する広大な視野を一度に撮影できます。(クレジット:HSC Collaboration / Kavli IPMU)

以下のKAVLI IPMUのウェブサイトより高解像度のファイルをダウンロードできます。http://www.ipmu.jp/ja/node/1674

暖かい交流から最新の科学が生まれる

須藤先生もTurner先生も、一緒にご飯を食べてお酒を飲んで、友達になって、長い時間を経た人間同士の繋がりが大切だったと話します。須藤先生は、それまでの交流がなければHSCは実現しなかったとさえ言いきるほどです[注6]。最先端の科学と技術を駆使して宇宙の謎に挑戦する科学者が、「最も大切なのは信頼関係」と口を揃えて言うのは、意外でもあり、嬉しくもありました。

たとえ研究対象が日常生活と離れていても、未知に対する人類の総力戦である学問というものは、つまるところとっても人間らしい営みなんだなぁ、としみじみ思いました。

 

Turner教授は、プリンストン大学の国際教育・研究カウンシルのメンバーでもあり、戦略的パートナーシップの相手として東京大学を推薦した張本人です。「最初はたった一つの論文から始まった交流が、組織的な大きな絆になり、今では分野を越えて大学同士の戦略的パートナーシップに発展した。私はこれがとても嬉しいのです」と、30年の歴史を笑顔で振り返ります。

今後ますます広く豊かになるであろう両大学の交流から、どんな研究成果が生まれるのでしょう。ん〜!楽しみですね!

 

南崎梓@プリンストン

[注1]須藤靖先生は研究者としてはもちろん執筆家としても際立つ才能をお持ちである。拙文などは先生の目に触れることのないようこっそり隠しておかねばなるまい(が、内容確認のためこの文章を真っ先に送信する相手が、残念ながら須藤先生なのだ)。ちなみに、このように注釈をやたら加えるのが須藤流だ。この注釈こそ小ネタの宝庫なので、読者は油断禁物である。須藤先生とプリンストンとの関わりは、須藤靖『宇宙人の見る地球』(毎日新聞社)とhttp://www-utap.phys.s.u-tokyo.ac.jp/~suto/myresearch/jonestalk-2013Oct23.pdf に詳しい。

[注2]この日、私は本当に、須藤先生にお会いするために遠路はるばるプリンストンから東京大学を訪れた。このことからも私のプリンストン便りにかける情熱を感じていただけるだろう。たまたまタイミングが合ったので、ついでに、友人の結婚式出席とビザ更新と結婚後初の親戚周りを済ませてきた。

 

[注3]なぜ普段よく顔を合わせるかというと、その中の一人が私の夫だからである。わが夫は過去に須藤先生の著書で注釈デビューを果たしているから(東京大学出版会から出版されている、須藤靖:『人生一般ニ相対論』p.115の注2)、彼にとって注釈で言及されるのは、実はこれが二度目である。もう一人の第三世代であるT田くんは、プリンストンのタウン情報からアメリカの歴史まで、なーんでも知っている情報マニアである。新進気鋭の研究者相手に申し訳ないが、彼には早く、プリンストンのレストラン格付け本「トミシュラン」を完成させていただきたい。続いて、すでに帰国した元ペイトン組もご紹介しよう。国立天文台屈指の爽やかハンサムM岡さんは、付き合いが長くなるにつれてツッコミの鋭さが増していった。本性が出てきてしまったのだろう。東京大学ポスドクのS山くんは、毎晩ミートソースパスタという思い切った戦略で一人暮らしを生き抜いたツワモノである。なかなか個性豊かな第三世代であった。

 

[注4]すばる望遠鏡は、広い範囲を見るのに適した主焦点という構造を持つ。1980年代の建設計画時点で広視野の重要性を主張した、東京大学の岡村定矩教授の先見の明により、現時点では世界で唯一の広視野・深宇宙の観測ができる望遠鏡として活躍している。

 

[注5]Turner教授は、英語での会話中も必ず日本人のことを「さん付け」で呼ぶ。 日本文化を尊重したいと考えてくださっているようだ。ちなみに、彼の名刺にはファーストネームのEdの代わりに「江戸」と書いてある。これで初対面の日本人のハートを掴むのだそうだ。

 

[注6]ペイトンの学科長であるDavid Spergel教授と話す機会があり、どうやってプリンストン大学の運営陣を説得したのか尋ねたところ、「わたしたちは須藤さんたちを信頼していて、大学の運営陣はわたしたちを信頼していたんです。わはははは」とのことだった。「彼らが長年にわたってプリンストンに滞在し、共に過ごしたおかげで培われた信頼関係が、わたしたちの研究では最も重要なものなのです」と、この冗長な記事をバッサリ要約した素晴らしいコメントも頂いた。

                 

【プリンストン便り14】プリンストンの画家Jayさんとおしゃべり

先日、プリンストンの記念に街並みを描いた油絵を購入してしまいました!

わたしたち夫婦にとって初めての、絵のお買い物。ちょっとドキドキしたけれど、とっても嬉しいです。

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左が、プリンストン大学のMathey Collegeの門を下から見上げた風景です。色合いが気に入りました。そして右側は、Palmer Sq.にあるアイスクリーム屋さん、The Bent Spoonです!ここのアイスが大好きで、よく夫と二人で食べにきます。隣のコーヒーショップでドリップしてもらったコーヒーと一緒に、Nassau Inn付近のベンチで食べるのがお決まりのコースです。

どちらも個人的に思い入れのある場所であり、かつプリンストンらしい場所かな、とも。

 

そして、こちらが、この絵を描いたJay McPhillipsさん。

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「僕の“オフィス”においでよ!」と言ってくださり、プリンストン地元のコーヒーショップ、Small World Coffeeでコーヒーをいただきました。素敵なオフィスですね、と伝えると「Nassau St.沿いにもう一軒オフィスを持っているんだ」とニヤリ。いいですね。

ところで、Jayさんと一緒に写真に写っているのが、そう、彼の“オフィス”、Small World Coffeeの絵です。

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木漏れ日の気持ちよいWitherspoon St.の雰囲気が出ていてとっても素敵です。Jayさんとお会いした日も天気がよくて、ちょうどこんな感じでした。

他にもこんな絵を描いています。

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これはもちろん、プリンストンのシンボルであり、かつて国会議事堂として使われたNassau Hallです。柔らかい色使いがとっても素敵です。

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「ガオー」。Nassau Hall正面の虎です。よくこの虎にまたがって写真を撮っている人がいますが、実際にまたがってみると思ったより高くて怖いんですよ。

Jayさんは、もともとニューヨークの広告会社や劇場で、グラフィックデザイナーや宣伝プランナーとして働いていたそうです。現在はプリンストン大学のMcCarter Theater専属のデザイナーとして、ポスターやプログラムの製作や宣伝活動をしています。その傍ら、個人の活動としてグッズデザインや書籍、そして油絵の製作を行っているそうです。

例えば、こんなデザイン。ミュージシャンのプリンスの顔を使って、「Prince-Ton」と書かれています。ええ、そうです。ダジャレです。

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私は“Harverd”Tシャツ(注:ハーバード大学の綴りはHarvard)が気に入りました。ハーバード出身のコメディアンがJayさんのTシャツをテレビで着ていたそうです。東大だったら…「灯台」Tシャツ?

因みにこうした作品は自宅のキッチンで一枚ずつJayさん自らプリントしているそうです!

こんなおしゃれな面白グッズや、ジョークがいっぱい詰まった本の出版の他、彼の公式ウェブサイトには「映画の製作も手がけています。その映画には、ジャスティン・ティンバーレイクとジュディ・ディンチとバイクに乗った猿のぬいぐるみが出てくるかも、または出てこないかもしれません」と書かれていました。ミュージシャン兼イケメン俳優や、大御所女優の名前ではないですか!(ちょっと猿は意味がわからないけど)Jayさん、ただ者じゃない!

…と、思ったら、「あはは〜、それはジョークだよ〜」と笑い飛ばされてしまいました。Jayさん、ただ者じゃない…。

基本的に、Jayさんは常にジョークばっかり考えているそうです(私の英語力の関係もあって単刀直入に「あなたは常にジョークを考えているのですか?」と質問したところ、「はい、私は常にジョークを考えています」という答えが返ってきました。)

Jayさんのジョークは、ちょっぴり知的。彼の印象派画家としての才能と、面白デザイナーとしての才能が合体した作品がこちら。

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この元ネタは、ロイツェという画家が独立戦争でのジョージ・ワシントンを描いたWashington Crossingという絵画です。(ウィキペディアをご参照ください:http://goo.gl/RbXYaV)

原作で描かれているのは、冬の悪天候の中、雪の塊をどかしながらデラウェア川を渡るジョージ・ワシントン率いるアメリカ大陸軍の姿です。この奇襲作戦が、ニューヨークで大敗したアメリカ大陸軍の奇跡的な勝利に結びついたため、歴史上とても重要なシーンとして、アメリカではとても有名な歴史画です。

私はちょうど最近、英会話のクラスでロイツェについての記事を読んだばかりだったので、この絵が面白くて。そうか、こうやって描かれたのか、って。(いえいえ、もちろん違います!)

現在Jayさんは、これまで描いたプリンストンの絵に文章をつけた書籍を出版することを計画中です。プリンストンの教授たちに文章を書いてもらえたら…と話していました。

街中の絵も今後さらに増えるそうです。特に、大きいピースのものや、夜の風景を描きたいとのこと。彼の新作がとっても楽しみです!

 

Jayさんの作品やその他の情報については、こちらも御覧ください。素敵な絵や面白い写真がたくさんあります。

http://www.jaymcphillips.com/

 

(南崎梓@プリンストン)

 

学部生が行く,プリンストン大学短期留学

派遣学生からの報告(2014)

理学部物理学科4年 村田 龍馬

(支援共同プロジェクト「The Todai-Princeton Astrophysics Collaboration」)

私は,今年の9月末から約2ヶ月間,同じ物理学科4年の高木隆司君と「プリンストン大学との戦略的提携基金奨学生」として,プリンストン大学宇宙物理学科 (Department of Astrophysical Sciences, Princeton Univ.) に短期留学した。目的は,研究活動とセミナーを通して宇宙物理学を学ぶこと,およびプリンストンにいる研究者や学生たちと交流することである。私は,大学院で宇宙物理学を専攻するので,一流の研究者が集うプリンストンで宇宙物理学を学べることにとても興奮していた。

研究活動では,「弱い重力レンズ効果」解析の専門家である宮武広直博士研究員と宇宙背景マイクロ波観測の分野でとても有名なD.スパーゲル (David N. Spergel) 教授の指導のもと,「弱い重力レンズ効果」の解析方法を学び,解析プログラムを開発した。この「弱い重力レンズ効果」とは,アインシュタインが大きく貢献したことで知られる一般相対論から導かれる現象である。まず,大きな質量の周りの空間が歪められる。すると,その歪められた空間を光が通ると光の進む方向が曲がる。この結果,地球から遠くにある銀河が本来の形より少し歪んだ形になり観測される。逆にこの現象を使うことで,光の通ってきた空間にどれくらいの質量があるかが推定できる。お二人に丁寧なご指導をいただき,銀河の周りにある暗黒物質の質量を見積もることができた。帰国後も開発したプログラムを基礎として,研究の対象をさらに広げていきたい。近い将来にすばる望遠鏡で得られる見込みの高解像度データを,今回開発したコードを用いて解析するなどの研究を考えている。

研究活動と同時平行に,プリンストン大学宇宙物理学科,物理学科,およびプリンストン高等研究所でのセミナーに参加した。さまざまな分野の最先端の話題に触れることができたことは嬉しかった。また,一流の物理学者がセミナー中に活発に議論する姿はとても刺激的であった。その中で一番印象的だったのは,アドバイザーでもあるスパーゲル教授である。どのセミナーでもいつも中心となって盛んな議論をしていた。彼の研究とは離れている内容のセミナーでの議論でも,彼は活発に議論しており,幅広い興味をもっていると感じた。物理学者を目指すものとして,彼にとても憧れる。彼は私の研究活動報告のさいに「自分の研究分野だけでなく,他の宇宙物理学分野も知ろうとすることは大切だ。」とアドバイスしてくれた。その言葉を忘れず勉強と研究に励み成長し,いつか研究者として彼と議論したいと強く感じた。

宇宙物理学科では,数人のプリンストン大学の大学院生と友人となった。同世代の彼らと宇宙物理学について語ったのはとても楽しかった。彼らとは,将来一緒に研究する日が来るかもしれない。さらに,教授や博士研究員,およびすばる望遠鏡に関わっている研究者を訪問し,互いに研究内容を話したのは貴重な経験だった。近い将来,彼らと日本や海外で再会する日が待ち遠しい。

最後に,この素晴らしいプログラムを支えて下さっているすべての方々に感謝したい。とくに,アメリカでの生活をサポートしてくれたホストファミリーに感謝したい。

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Murata_2 アドバイザーのD.スパーゲル (David N. Spergel) 教授(右)と緊張している筆者(左)。物理学科にて