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【プリンストン便り16(最終号)】ただいま、そしてさようなら、プリンストン!

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1年半にわたって楽しく書かせていただいたプリンストン便りですが、今回が最後の投稿となりました。

実は今年の夏に、夫の転勤のためプリンストンを離れて新天地での生活を始めました。ポストを求めて点々とするのは若い研究者の宿命です。引越は大変ですが、一緒に色々な景色を見ることができるのはとても楽しく感じています。

と、いうことで、ついこの間プリンストンを去ったばかりなのですが、ちょうど夫の出張があったので私も一緒にプリンストンに「里帰り」しました。

季節は秋。この町が本当に美しくなる季節です。特に今年は紅葉の当たり年で、プリンストンのしっとりと心地よい空気に包まれながら、色とりどりのキャンパスを楽しみました。

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お気に入りのローカルショップをチェックし、懐かしい友人とも一通り会って、「あぁ、帰ってきたなぁ」とホッとしています。歴史と文化が薫るプリンストンの町、本当に素敵です。

プリンストン便りが終わってしまうのは寂しいですが、この企画のおかげで、普段は聞けないようなお話を聞けたり、楽しい思い出を形に残すことができました。お付き合い頂きありがとうございました!

南崎 梓@(里帰り中の)プリンストン

【プリンストン便り15.5】SDSS見学レポート(東大・プリンストン大、交流の歴史。)

前回の記事でご紹介した通り、東大・プリンストン大の初めての組織的な共同研究となったのがスローン・デジタル・スカイ・サーベイ、略してSDSSという大規模な宇宙探査プロジェクトでした。その後SDSSは両大学が関わったCCDによる撮像を終え、現在は分光観測をしています。

ちょうど先日、夫とともにこのSDSS望遠鏡を見学する機会がありましたので、今回はその様子をレポートしたいと思います!

SDSS望遠鏡が設置されているのは、砂漠地帯の広がるアメリカ南西部、ニューメキシコ州のアパッチ・ポイントという場所です。

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今回わたしたちは、アパッチ・ポイントの近くにあるアラモゴードという小さな町に宿泊しました。このエリアには、ホワイト・サンズ国立公園があり、一面に白い砂丘が続く不思議な風景が広がっています。

 こんな感じ!

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アパッチ・ポイントは、この灼熱のホワイト・サンズ国立公園から約40km東に位置します。標高2800mの高地のため、一転して長袖が必要なほどの寒さでした。

こんな景色です。

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ここにはSDSSの他にも、写真にあるようなドーム型の望遠鏡が二基あり、別の観測をしています。この写真にも一応SDSSが写っています(一番手前の望遠鏡の影に、斜面から右側に飛び出すような感じでちらりと白い四角い建物が遠くにあるのが見え...ないですかね。ちょこっとだけ写っているんですが)。

最初に見学したのは、手前にあるARC 3. 5m望遠鏡(Astrophysical Research Consortium 3.5-meter Telescope)です。この真ん中の丸い部分が主鏡、右側に写っているのが副鏡です。

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主鏡のカバーを開くとこんな感じです。

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肉眼では平に見える大きな主鏡は実は少しだけ凹レンズに作られており、副鏡と共に光を効率よく集めています。

さて、このARCのようなドーム型の「ザ・望遠鏡」という感じの設備とは違って、SDSSの建物は家のような形をしています。正面から見るとこういう感じです。

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それでは観測時にはどうやって望遠鏡が外に出てくるのかと言うと、なんと中のSDSS望遠鏡を残して、この家全体が手前にスライドするんだそうです。大きな望遠鏡による精密観測を限られた予算で実現する工夫とのことでした。

このような設計のため、観測時に丸ごと外に晒されるSDSS望遠鏡には四角い金属の覆いが付いています。

こんな感じです。

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SDSSでは外から鏡を見ることができませんが、基本的には先ほどの望遠鏡と同じような仕組みで作られているそうです。

SDSSの後ろ側はこんな感じ。

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こちらの赤いシャツの男性は、この日私たちを迎えてくれたエンジニアのマークさん。ほとんど毎日ここにきてメンテナンスを行っているそうです。

お仕事の中で一番楽しいのはどんな瞬間ですか?と尋ねたところ、「僕は科学者ではないから、観測が上手く行った時より何か問題が起こった時に一番わくわくするんだ」とのこと。その場に居合わせた若いエンジニアの方も「新しいパズルが見つかると腕が鳴るんだ!」と満面の笑み。

きっと研究者側からすると、観測中に何か問題が発生するのは好ましいことではないのでしょうが、実は小さな問題は頻繁に起こっているそうです。「そのほとんどがプログラム上の小さなミスなんだけど、実は数年前に機械に問題が見つかって...」と、(ごめんなさい、あんまり英語が聞き取れなかったので内容はよくわからないのですが)やっぱり嬉しそうに語るマークさん。

 

彼らが毎日のように望遠鏡の様子に目を光らせ、意気揚々と問題を解決してくれているおかげで、貴重なデータを正確に集めることができるのですね。SDSSのデータを使って研究をしていた夫は、実際にこの地を訪れることができていたく感激したようでした。一つの観測にも、色々な人が色々な立場や形で関わっているのだということを再確認できた旅でした。

 

南崎 梓@今回はプリンストンではなくニューメキシコ州からお届けしました!って、本当は書きたかったのですが、なんと今はカリフォルニア州におります

 

(最後におまけ)アパッチ・ポイントからホワイト・サンズ国立公園が見えました。遠くに見える白い帯状のエリアです。こうして見るとかなり大きい!

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【プリンストン便り15】東大・プリンストン大、交流の歴史。

昨年10月に開催されたUTokyo Dayにて、Eisgruber学長は「わたしたちの交流の歴史は宇宙物理分野に古く、1980年代から続いている」と話していました。

そんなに長いんだ!しかも宇宙物理なんだ(夫の分野)!と驚き、もっと詳しく聞きたいなーとずっと気になっていので、学長のスピーチにお名前が挙がった、東京大学の須藤靖教授とプリンストン大学のEd Turner教授にお話しを伺ってきました。

それでは最初に、東京大学で理論宇宙物理学の研究をされている須藤靖先生[注1]のお部屋を訪ねてみましょう。コンコン(ノックの音)[注2]。

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東京大学理学部一号館 安田講堂の裏にあるカッコいい建物です

80年代の出会い

須藤先生に美味しいお茶を淹れていただき、早速インタビュー開始です。「Eisgruber学長が、ヤスシ・ストーって言っていましたよ!」と意気込んでお伝えすると、「いえいえ、私はその中の一人、というだけなんですよ」と先生。長い交流の歴史は、今から30年前、プリンストンに滞在し始めた三人の日本人から始まりました。

当時、天文学や宇宙物理学の世界では、銀河—銀河団—超銀河団といった、より大きなスケールで天体を観測すると見えてくる「宇宙の大規模構造」が発見され注目を集めていました。1981年、プリンストン大学の高名な天文学者であるJeremiah Ostriker教授は、この大規模構造が若い銀河の中で起こる爆発によって作られたとする論文を発表しました。残念ながらこれは現在の標準理論とは異なるものの、同じ年に全く同じアイデアを発表した研究者が日本にいたのです。北海道大学の池内了助教授(当時)でした。この論文を通じてOstriker教授に招かれた池内先生は、数ヶ月プリンストンに滞在しました。

須藤先生がプリンストン大学を訪れるようになったのも、1988年にニューメキシコ州にて開催された研究会でOstriker教授に誘われたことがきっかけでした。さらに同時期に、東京大学の福来正孝教授もプリンストン高等研究所のJohn Bahcall教授と研究を始めていました。

こうして1980年代以降、三人の日本人はそれぞれ休暇を見つけては数週間から数ヶ月プリンストンに滞在するようになりました。須藤先生の場合は、日本に就職してからも過去四半世紀にわたり10回以上プリンストンを訪れているそうです。

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須藤先生のイメージ  須藤先生から提供していただきました!ちょっと可愛い…

スローン・デジタル・スカイサーベイ

三人の個人的な交流が組織的な繋がりに拡大する契機となったのが、プリンストン大学がアイデアを出したスローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS; Sloan Digital Sky Survey)という研究プロジェクトです。

宇宙の誕生と進化の全体像など、宇宙そのものの謎に迫るには、星や銀河を一つずつ見ていてもわからないことがあります。そこで、宇宙の広域を見渡す「サーベイ(探査)」という新しい観測手法が求められていました。

SDSSの特徴は、過去にない規模の広天域をサーベイすることと、撮像にCCDという半導体素子を用いることです。今ではデジタルカメラでおなじみのCCDですが、当時は天文観測の世界に登場したばかりの新技術でした。

CCDは、それまで使われていた写真乾板とは比べものにならないほど精細な画像をデジタルデータとして取得します。そして、その膨大なデータに世界中の研究者がインターネットを通してアクセスできるのです。今ではごく当たり前になっているスタイルですが、当時としては従来の光天文学を変える革新的なプロジェクトでした。

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SDSSの発案者でありプロジェクトの中心人物の一人でもあるGunn教授

とってもフレンドリーな先生なんです

さて、壮大なSDSSプロジェクトの実現には、やはり大きな費用が必要です。そこでOstriker教授は、SDSSを米国と日本の国際共同プロジェクトとして進めるべく、須藤先生ら三人の日本人に声をかけました。

理論研究が専門の三人は、観測天文学の専門家である東京大学の岡村定矩教授(当時)に連絡を取り、早速、日本側の準備を始めました。一方で、生粋の研究者気質でSDSSの発案者でもあるJames Gunn教授は、予算獲得だけを目的として日本をパートナーに選ぶことに気が進まず、日本の技術力を確かめるべきだと考えていました。

そのために来日したGunn教授を納得させたのが、国立天文台の関口真木助教(当時)による「モザイクCCDカメラ」でした。CCDをたくさん組み合わせて一つの大きなカメラとして用いるモザイクCCDは、広域観測の肝となる技術です。Gunn教授が目にしたのは、関口氏を中心とした岡村グループがすでに完成させていた、モザイクCCDカメラのプロトタイプでした。まさに彼が求めた技術力が日本にあったのです。その後、関口助教はプリンストンに滞在しGunn教授と協力しながら、二年の月日をかけてSDSSの心臓部とも言えるモザイクCCDカメラを完成させました。

SDSSが育んだ豊かな人脈

1998年に日本チームが正式にSDSSに参加して以来、多くの研究者や学生が東京大学や国立天文台から、プリンストン大学宇宙科学教室に滞在し共同研究を継続してきました。彼らはこの場所を、建物の名前から「ペイトン(Peyton)」と呼んでいるそうです。

 

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ペイトン外観

 

須藤先生ら三人の「第0世代」は、後に続く若者たちがペイトンに滞在できるよう、積極的にサポートを続けました。派遣された学生や若手研究者たちは、プリンストン大学の錚々たる教授陣と共に様々な経験を積んでいます。第一世代には、現在の東京大学理学部附属木曽観測所所長である土井守教授、第二世代には現在マックス・プランク宇宙物理学研究所所長の小松英一郎教授を始め、今やこの分野を牽引する優秀な研究者たちの名前が並びます。

そして、現在ペイトンに滞在しているのが第三世代の研究者たち。普段よく顔を合わせているので[注3]、つい忘れがちですが、彼らも将来有望な若者たちです。もっと敬わなければいけませんね。

やがてSDSSは米・日以外にも世界中の国から200名を超える研究者が参加する本格的な国際共同プロジェクトに発展し、2009年に日本グループが作成したモザイクCCDカメラによる観測を終えました。全天の約4分の1もの広さにわたり25億光年先までの描かれた宇宙地図は、現在でも多くの研究者に利用され、新しい知見が得られています。

そして現在!

SDSSプロジェクトは従来の宇宙の謎を解き明かしたのみならず、「暗黒物質」や「暗黒エネルギー」という、これまでの科学の常識では説明できない根源的な謎の発見に大きく貢献しました。それらの謎に迫るには、直径2.5メートルのSDSS望遠鏡では見えなかったものを観測する必要があります。

現在、ペイトンのメンバーは再び東京大学や国立天文台と共に宇宙のサーベイ観測プロジェクトに取り組んでいます。今回は、日本が誇る直径8.2mのすばる望遠鏡に設置された、ハイパー・シュプリーム・カム(HSC; Hyper Suprime-Cam)という非常に高性能のモザイクCCDカメラが主役です。これは国立天文台の宮崎聡准教授が中心となって完成させました。

2014年3月に本格始動したHSCは、高解像度・広視野・深宇宙を全て満たす、世界で唯一の観測装置です。

HSCで一体どんなことがわかるのか?それは、東京大学の研究を紹介する「UTokyo Research」で紹介されています。詳しくはぜひこちらを:

http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/utokyo-research/editors-choice/dark-energy/index.html

HSCプロジェクトを開始した経緯について、プリンストン大学のEd Turner教授にもお話を伺いました。Turner教授は須藤先生と共にHSC立ち上げ時にお互いの国の窓口役を務めたそうです。

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ソフトな笑顔のTurner教授

初対面だったけれどとても優しくて話しやすい方でした

 

ペイトンのメンバーがSDSSに代わる次の観測プロジェクトを探していた頃、アメリカ国内でも2020年を目標に、HSCと同様の大規模な望遠鏡を建設する計画が立てられていました。

一方、すばる望遠鏡はもともと広い視野を見ることができるように設計されています[注4]。これに高性能のHSCカメラを設置すれば、アメリカの計画よりも早く観測をスタートできるのです。ペイトンの新プロジェクト選定について須藤教授に相談をしたTurner教授は、この日本の動きを知って早速一緒に行動を起こすことにしました。

 

文化を越えた共同研究の困難

Turner教授がHSC代表者の国立天文台の宮崎准教授や、東京大学理学部の相原博昭教授に連絡を取ると、すぐに前向きな返答が返ってきました。「須藤さんが誰に何を話すべきかアドバイスをくれたので、スムーズに話を進めることができました」とTurner教授が振り返る[注5]とおり、日本とペイトンはよく連携し、始まりはとても順調でした。

しかし、いざ正式に共同研究を開始するにあたり、ひとつ問題が生じました。アメリカでは、共同プロジェクトに参加する際には必ず詳細な契約書を作成します。ところが、すばる望遠鏡は他の観測プロジェクトにも利用されており、この時点ではHSCプロジェクトの観測日数を確約することができなかったのです。

「アメリカは契約の国だけれど、日本は信頼の国だ。日本人は、やると言ったらやる。信じてほしい」という須藤先生の言葉をペイトンのメンバーは信頼し、アメリカの常識では考えられない曖昧な契約書で、プリンストン大学の運営陣や顧問弁護士を説得しました。HSCの契約成立は、ペイトンのメンバーの理解と努力のおかげだったと須藤先生は言います。

この時のことを尋ねると、Turner教授は「須藤さんも宮崎さんも相原さんも、洗練された国際人でした。確かにアメリカ流の契約ではなかったけれど、100%日本流だったわけでもなかった。私たちは、日本流とアメリカ流のちょうど中間で話し合いができたと思っています」と話していました。須藤先生とTurner教授とは別々にお話を伺ったのですが、お二人とも、いかに相手が努力してくれたかを話しておられたのが印象的でした。

 

HSCは、日本とプリンストンおよび台湾の共同プロジェクトとして、今後5年間サーベイ観測を続けます。
その研究計画はすばる望遠鏡の運営員会に高く評価され、5年間で100晩以上というプリンストン大学との約束をはるかに超える、年間300晩の観測日数を確保することができました。現在すでに、これまでのカメラでは見ることのできなかった鮮明で美しい画像が公開されています。

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HSCで撮影した視野全体。すばる望遠鏡に取り付けたHSCでは満月9個分に相当する広大な視野を一度に撮影できます。(クレジット:HSC Collaboration / Kavli IPMU)

以下のKAVLI IPMUのウェブサイトより高解像度のファイルをダウンロードできます。http://www.ipmu.jp/ja/node/1674

暖かい交流から最新の科学が生まれる

須藤先生もTurner先生も、一緒にご飯を食べてお酒を飲んで、友達になって、長い時間を経た人間同士の繋がりが大切だったと話します。須藤先生は、それまでの交流がなければHSCは実現しなかったとさえ言いきるほどです[注6]。最先端の科学と技術を駆使して宇宙の謎に挑戦する科学者が、「最も大切なのは信頼関係」と口を揃えて言うのは、意外でもあり、嬉しくもありました。

たとえ研究対象が日常生活と離れていても、未知に対する人類の総力戦である学問というものは、つまるところとっても人間らしい営みなんだなぁ、としみじみ思いました。

 

Turner教授は、プリンストン大学の国際教育・研究カウンシルのメンバーでもあり、戦略的パートナーシップの相手として東京大学を推薦した張本人です。「最初はたった一つの論文から始まった交流が、組織的な大きな絆になり、今では分野を越えて大学同士の戦略的パートナーシップに発展した。私はこれがとても嬉しいのです」と、30年の歴史を笑顔で振り返ります。

今後ますます広く豊かになるであろう両大学の交流から、どんな研究成果が生まれるのでしょう。ん〜!楽しみですね!

 

南崎梓@プリンストン

[注1]須藤靖先生は研究者としてはもちろん執筆家としても際立つ才能をお持ちである。拙文などは先生の目に触れることのないようこっそり隠しておかねばなるまい(が、内容確認のためこの文章を真っ先に送信する相手が、残念ながら須藤先生なのだ)。ちなみに、このように注釈をやたら加えるのが須藤流だ。この注釈こそ小ネタの宝庫なので、読者は油断禁物である。須藤先生とプリンストンとの関わりは、須藤靖『宇宙人の見る地球』(毎日新聞社)とhttp://www-utap.phys.s.u-tokyo.ac.jp/~suto/myresearch/jonestalk-2013Oct23.pdf に詳しい。

[注2]この日、私は本当に、須藤先生にお会いするために遠路はるばるプリンストンから東京大学を訪れた。このことからも私のプリンストン便りにかける情熱を感じていただけるだろう。たまたまタイミングが合ったので、ついでに、友人の結婚式出席とビザ更新と結婚後初の親戚周りを済ませてきた。

 

[注3]なぜ普段よく顔を合わせるかというと、その中の一人が私の夫だからである。わが夫は過去に須藤先生の著書で注釈デビューを果たしているから(東京大学出版会から出版されている、須藤靖:『人生一般ニ相対論』p.115の注2)、彼にとって注釈で言及されるのは、実はこれが二度目である。もう一人の第三世代であるT田くんは、プリンストンのタウン情報からアメリカの歴史まで、なーんでも知っている情報マニアである。新進気鋭の研究者相手に申し訳ないが、彼には早く、プリンストンのレストラン格付け本「トミシュラン」を完成させていただきたい。続いて、すでに帰国した元ペイトン組もご紹介しよう。国立天文台屈指の爽やかハンサムM岡さんは、付き合いが長くなるにつれてツッコミの鋭さが増していった。本性が出てきてしまったのだろう。東京大学ポスドクのS山くんは、毎晩ミートソースパスタという思い切った戦略で一人暮らしを生き抜いたツワモノである。なかなか個性豊かな第三世代であった。

 

[注4]すばる望遠鏡は、広い範囲を見るのに適した主焦点という構造を持つ。1980年代の建設計画時点で広視野の重要性を主張した、東京大学の岡村定矩教授の先見の明により、現時点では世界で唯一の広視野・深宇宙の観測ができる望遠鏡として活躍している。

 

[注5]Turner教授は、英語での会話中も必ず日本人のことを「さん付け」で呼ぶ。 日本文化を尊重したいと考えてくださっているようだ。ちなみに、彼の名刺にはファーストネームのEdの代わりに「江戸」と書いてある。これで初対面の日本人のハートを掴むのだそうだ。

 

[注6]ペイトンの学科長であるDavid Spergel教授と話す機会があり、どうやってプリンストン大学の運営陣を説得したのか尋ねたところ、「わたしたちは須藤さんたちを信頼していて、大学の運営陣はわたしたちを信頼していたんです。わはははは」とのことだった。「彼らが長年にわたってプリンストンに滞在し、共に過ごしたおかげで培われた信頼関係が、わたしたちの研究では最も重要なものなのです」と、この冗長な記事をバッサリ要約した素晴らしいコメントも頂いた。

                 

【プリンストン便り14】プリンストンの画家Jayさんとおしゃべり

先日、プリンストンの記念に街並みを描いた油絵を購入してしまいました!

わたしたち夫婦にとって初めての、絵のお買い物。ちょっとドキドキしたけれど、とっても嬉しいです。

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左が、プリンストン大学のMathey Collegeの門を下から見上げた風景です。色合いが気に入りました。そして右側は、Palmer Sq.にあるアイスクリーム屋さん、The Bent Spoonです!ここのアイスが大好きで、よく夫と二人で食べにきます。隣のコーヒーショップでドリップしてもらったコーヒーと一緒に、Nassau Inn付近のベンチで食べるのがお決まりのコースです。

どちらも個人的に思い入れのある場所であり、かつプリンストンらしい場所かな、とも。

 

そして、こちらが、この絵を描いたJay McPhillipsさん。

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「僕の“オフィス”においでよ!」と言ってくださり、プリンストン地元のコーヒーショップ、Small World Coffeeでコーヒーをいただきました。素敵なオフィスですね、と伝えると「Nassau St.沿いにもう一軒オフィスを持っているんだ」とニヤリ。いいですね。

ところで、Jayさんと一緒に写真に写っているのが、そう、彼の“オフィス”、Small World Coffeeの絵です。

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木漏れ日の気持ちよいWitherspoon St.の雰囲気が出ていてとっても素敵です。Jayさんとお会いした日も天気がよくて、ちょうどこんな感じでした。

他にもこんな絵を描いています。

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これはもちろん、プリンストンのシンボルであり、かつて国会議事堂として使われたNassau Hallです。柔らかい色使いがとっても素敵です。

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「ガオー」。Nassau Hall正面の虎です。よくこの虎にまたがって写真を撮っている人がいますが、実際にまたがってみると思ったより高くて怖いんですよ。

Jayさんは、もともとニューヨークの広告会社や劇場で、グラフィックデザイナーや宣伝プランナーとして働いていたそうです。現在はプリンストン大学のMcCarter Theater専属のデザイナーとして、ポスターやプログラムの製作や宣伝活動をしています。その傍ら、個人の活動としてグッズデザインや書籍、そして油絵の製作を行っているそうです。

例えば、こんなデザイン。ミュージシャンのプリンスの顔を使って、「Prince-Ton」と書かれています。ええ、そうです。ダジャレです。

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私は“Harverd”Tシャツ(注:ハーバード大学の綴りはHarvard)が気に入りました。ハーバード出身のコメディアンがJayさんのTシャツをテレビで着ていたそうです。東大だったら…「灯台」Tシャツ?

因みにこうした作品は自宅のキッチンで一枚ずつJayさん自らプリントしているそうです!

こんなおしゃれな面白グッズや、ジョークがいっぱい詰まった本の出版の他、彼の公式ウェブサイトには「映画の製作も手がけています。その映画には、ジャスティン・ティンバーレイクとジュディ・ディンチとバイクに乗った猿のぬいぐるみが出てくるかも、または出てこないかもしれません」と書かれていました。ミュージシャン兼イケメン俳優や、大御所女優の名前ではないですか!(ちょっと猿は意味がわからないけど)Jayさん、ただ者じゃない!

…と、思ったら、「あはは〜、それはジョークだよ〜」と笑い飛ばされてしまいました。Jayさん、ただ者じゃない…。

基本的に、Jayさんは常にジョークばっかり考えているそうです(私の英語力の関係もあって単刀直入に「あなたは常にジョークを考えているのですか?」と質問したところ、「はい、私は常にジョークを考えています」という答えが返ってきました。)

Jayさんのジョークは、ちょっぴり知的。彼の印象派画家としての才能と、面白デザイナーとしての才能が合体した作品がこちら。

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この元ネタは、ロイツェという画家が独立戦争でのジョージ・ワシントンを描いたWashington Crossingという絵画です。(ウィキペディアをご参照ください:http://goo.gl/RbXYaV)

原作で描かれているのは、冬の悪天候の中、雪の塊をどかしながらデラウェア川を渡るジョージ・ワシントン率いるアメリカ大陸軍の姿です。この奇襲作戦が、ニューヨークで大敗したアメリカ大陸軍の奇跡的な勝利に結びついたため、歴史上とても重要なシーンとして、アメリカではとても有名な歴史画です。

私はちょうど最近、英会話のクラスでロイツェについての記事を読んだばかりだったので、この絵が面白くて。そうか、こうやって描かれたのか、って。(いえいえ、もちろん違います!)

現在Jayさんは、これまで描いたプリンストンの絵に文章をつけた書籍を出版することを計画中です。プリンストンの教授たちに文章を書いてもらえたら…と話していました。

街中の絵も今後さらに増えるそうです。特に、大きいピースのものや、夜の風景を描きたいとのこと。彼の新作がとっても楽しみです!

 

Jayさんの作品やその他の情報については、こちらも御覧ください。素敵な絵や面白い写真がたくさんあります。

http://www.jaymcphillips.com/

 

(南崎梓@プリンストン)

 

学部生が行く,プリンストン大学短期留学

派遣学生からの報告(2014)

理学部物理学科4年 村田 龍馬

(支援共同プロジェクト「The Todai-Princeton Astrophysics Collaboration」)

私は,今年の9月末から約2ヶ月間,同じ物理学科4年の高木隆司君と「プリンストン大学との戦略的提携基金奨学生」として,プリンストン大学宇宙物理学科 (Department of Astrophysical Sciences, Princeton Univ.) に短期留学した。目的は,研究活動とセミナーを通して宇宙物理学を学ぶこと,およびプリンストンにいる研究者や学生たちと交流することである。私は,大学院で宇宙物理学を専攻するので,一流の研究者が集うプリンストンで宇宙物理学を学べることにとても興奮していた。

研究活動では,「弱い重力レンズ効果」解析の専門家である宮武広直博士研究員と宇宙背景マイクロ波観測の分野でとても有名なD.スパーゲル (David N. Spergel) 教授の指導のもと,「弱い重力レンズ効果」の解析方法を学び,解析プログラムを開発した。この「弱い重力レンズ効果」とは,アインシュタインが大きく貢献したことで知られる一般相対論から導かれる現象である。まず,大きな質量の周りの空間が歪められる。すると,その歪められた空間を光が通ると光の進む方向が曲がる。この結果,地球から遠くにある銀河が本来の形より少し歪んだ形になり観測される。逆にこの現象を使うことで,光の通ってきた空間にどれくらいの質量があるかが推定できる。お二人に丁寧なご指導をいただき,銀河の周りにある暗黒物質の質量を見積もることができた。帰国後も開発したプログラムを基礎として,研究の対象をさらに広げていきたい。近い将来にすばる望遠鏡で得られる見込みの高解像度データを,今回開発したコードを用いて解析するなどの研究を考えている。

研究活動と同時平行に,プリンストン大学宇宙物理学科,物理学科,およびプリンストン高等研究所でのセミナーに参加した。さまざまな分野の最先端の話題に触れることができたことは嬉しかった。また,一流の物理学者がセミナー中に活発に議論する姿はとても刺激的であった。その中で一番印象的だったのは,アドバイザーでもあるスパーゲル教授である。どのセミナーでもいつも中心となって盛んな議論をしていた。彼の研究とは離れている内容のセミナーでの議論でも,彼は活発に議論しており,幅広い興味をもっていると感じた。物理学者を目指すものとして,彼にとても憧れる。彼は私の研究活動報告のさいに「自分の研究分野だけでなく,他の宇宙物理学分野も知ろうとすることは大切だ。」とアドバイスしてくれた。その言葉を忘れず勉強と研究に励み成長し,いつか研究者として彼と議論したいと強く感じた。

宇宙物理学科では,数人のプリンストン大学の大学院生と友人となった。同世代の彼らと宇宙物理学について語ったのはとても楽しかった。彼らとは,将来一緒に研究する日が来るかもしれない。さらに,教授や博士研究員,およびすばる望遠鏡に関わっている研究者を訪問し,互いに研究内容を話したのは貴重な経験だった。近い将来,彼らと日本や海外で再会する日が待ち遠しい。

最後に,この素晴らしいプログラムを支えて下さっているすべての方々に感謝したい。とくに,アメリカでの生活をサポートしてくれたホストファミリーに感謝したい。

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Murata_2 アドバイザーのD.スパーゲル (David N. Spergel) 教授(右)と緊張している筆者(左)。物理学科にて

プリンストン大学での研究交流と地震活動共同研究

派遣学生からの報告(2014)

理学系研究科地球惑星科学専攻 博士課程 1年 西川友章

派遣期間: 2014年9/22~9/26

派遣先: Allan Rubin Laboratory, Department of Geosciences, Princeton University

(支援共同プロジェクト「Analysis and modelling of tremor and slow slip」)

2014年9月22日から9月26日までの五日間、地震活動解析、地震活動シミュレーション研究において優れた研究者であるAllan Rubin教授らと研究交流、地震活動共同研究に関する会議を行うため、プリンストン大学に滞在した。 

Allan Rubin教授の研究室では、現在、巨大地震発生帯周辺で発生する「非火山性微動」の新たな精密震源決定法の開発に取り組んでおり、今回の滞在では、その震源決定法のさらなる改良や、日本の南海トラフにおける新手法の適用やその有効性などのテーマについて活発な議論を行った。また、Allan Rubin教授の研究室が得意とする地震活動シミュレーションに関して、その理論やシミュレーションのソースコードの基礎的学習も行った。 

プリンストン大学の地球科学専攻には地震学のみならず、地球物理学、地球化学など多様な専門をもつ研究者が在籍している。今回の滞在中、研究セミナーを開催し、そのような他分野の研究者たちとも交流を行った。そのセミナーおける教授、学生らの自由で活発な議論、また熱心かつ楽しげな議論の雰囲気は非常に新鮮で刺激的なものであった。互いのアイディアを気兼ねなく、様々な学問的背景をもつ研究者と交換し共有することが、世界をリードする研究につながるということを実感した。 

また、プリンストン大学の素晴らしい研究環境も強く印象に残った。広大な敷地には、湖や森林、歴史ある建築物がならび、大学構内をリスたちが自由に駆け回っていた。大学のすぐ近くには、かつてアインシュタインが所属したプリンストン高等研究所もあり、まさにこのプリンストンという場所で、学問の歴史が作られてきたのだという感慨があった。滞在中には、プリンストン大学工学部に在学する友人とも会ったが、このような美しく歴史あるキャンパスにおいて、学問に静かに没頭できる彼を非常に羨ましく思った。 

プリンストンでは、様々な有意義な議論や学習を行うとともに、世界をリードする研究機関の研究環境や雰囲気を体験することができた。今回のプリンストン大学における滞在で得た貴重な知識や体験を糧として、今後も研究に取り組んでいきたいと思う。

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Princeton Univ.のすぐ近くにあるDelaware and Raritan Canalにて。写真左端がRubin教授、右端が西川。

プロジェクトからの報告(2014)

プロジェクトからの報告(2014)

平地健吾 数理科学研究科・教授

(支援共同プロジェクト「Joint Research Training in Pure and Applied Mathematics」)

 2014年秋から東京大学大学院数理科学研究科はプリンストン大学数学教室との共同・研究プロジェクトを開始しました.両大学の数学者の交流は小平邦彦先生(両大学の教授を歴任されました)の頃から長く続いていますが,大学院生の段階での交流は行われていませんでした.第一線の研究者の交流の活性化とともに学生も相互の大学から学ぶ環境を提供することを目標としています.

 プロジェクト初の会議としてプリンストン東京ワークショップ「Geometric Analysis」を2015年3月の第3週に開催しました.「Geometric Analysis」というのは幾何学の問題を微分方程式を用いて表現して研究する分野で,両大学で盛んに研究が進められています.(小平先生の調和積分論にも続くものです).今回は微分幾何のA. Chang教授とP. Yang教授,複素幾何のG. Tian教授がプリンストン大学のポスドク,大学院生をともに会議に参加されました.また両大学の大学院で学位を取得した世界で活躍する研究者もワークショップに招待し,合計27の研究発表と2つの入門的なミニコースが行われました.5日間の参加者は90名を超えました.

 2日目の夜には数理科学研究科で歓迎会を開催しました.偶然,R. Graham教授(プリンストン大学で学位を取得され現在はワシントン州立大学)の還暦祝いを兼ねることになり,大学院時代の友人のスピーチを含んだ大変和やかな会となりました.

 思い返せば,私がプリンストン大学を訪れるようになったのは京都で行われたシンポジウムで C. Fefferman教授に私の発表を聞いて頂いたのが始まりでした.今回はFefferman教授とともに共同プロジェクトのリーダーとなり,若手研究者を紹介し送り出す立場になりました.ワークショップでの研究発表を切っ掛けに大学院生の交流が始まることを期待しています.

プリンストン大学における滞在を終えて

派遣学生からの報告(2014)

工学系研究科電気系工学専攻 博士課程2年 松久直司

(支援共同プロジェクト「Sensing Skins, from Molecules to Smart cities」)

プリンストン大学に訪問し、互いの最新の研究について意見交換を行った。中でもSigurd Wagner教授、James C. Sturm教授の研究グループは、無機半導体薄膜トランジスタに関する研究を行っており、薄膜有機トランジスタの研究を行っている我々の研究と近く、活発な議論を行った。その中でどういう点で無機薄膜トランジスタが優れており、劣っているかを染谷研究室における有機薄膜トランジスタに関する研究と照らし合わせて理解することができた。この滞在がきっかけで共同研究として再度プリンストン大学を訪れる機会を得、非常に有意義な時間を過ごすことができた。

また、プリンストン大学では教員と学生が非常に密接に交流しており、研究室間の距離も近い点が非常に良いと感じた。本滞在が研究の在り方について考えるよい機会になったと思う。

最後に、プリンストン大の教員・学生の皆さんは非常に親切に我々を歓迎してくださった。ここで感謝を申し上げたい。

Matsuhisa

プリンストン大学にてProf. Sturm GroupのYasmin, Warrenと筆者

【プリンストン便り12】It’s finally spring!

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長い長い灰色の冬が終わり、ついにプリンストンに春がやってきました!

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暖かい春の訪れにみんな浮き足立っています。街を歩く人の数も、目に見えて多くなりました。特に、4月18、19日の週末は急に気温が上がったせいか、街中の花がいっせいに咲き乱れました!

土曜日は夫と街歩きをしました。

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Washington Roadのレンギョウの木。ここを車でサーッと走り抜けるの、大好き!この日はあまりに黄色が鮮やかで、つい車を停めてしまいました。

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これはうちのアパートから見た隣の住宅街の風景です(この道の先は、プリンストン大学学長公邸や、ウッドロウ・ウィルソンが住んでいた邸宅などがある、豪邸エリアです)。住宅街にはこんな風に、大きなしだれ桜をお庭に持つお宅が多いようです。お散歩中たびたび、しだれ桜のトンネルをくぐりました。

町の中心、Palmer SquareもFull bloomです!

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Palmer Squareにも桜がたくさん。ソメイヨシノよりも色が濃くてお花が小さいような気がします。

この日はNassau St.をBlue Point Grillまで歩きました。

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途中で見かけたマグノリア。壁の色もお花と同じ、ピンクと白。木下で、これまたピンクの洋服をきたおじさんが生演奏していました。

そして、Blue Point Grillに到着!

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レストラン横のお魚屋さんでサーモングリルサンドイッチを注文しました。

ガブリ!

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かなり立派なサーモンさん。美味しすぎます。パンもとっても美味しかったです。

帰り道、大学正門から公立図書館に続くWitherspoon St.も花盛り。白いトンネルで日陰ができるほどでした。

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さて、土曜日の散歩でスイッチが入ってしまった私たち。急遽、翌日の日曜日に友人夫婦と共に、NewarkにあるBranch Brook Parkの桜祭りに行ってきました。

(参考URL  http://www.essexcountyparks.org/parks/branch-brook-park

 

ピンクのグラデーションの豊富さにうっとり!こんなにたくさんの種類の桜をいっぺんに見たのは初めてかもしれません。

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屋台もたくさん出ていました。たこ焼きとかお好み焼きがないのは残念でしたが、暑いくらいの快晴の中、目の前で絞ったレモンで作ったレモネードを飲めて幸せでした。

公園の中で見た看板によると、なんと5000本もの桜の木が植えられているそうです!

さんざん桜を見て、お腹いっぱいになってプリンストンに戻ると、前日には気づかなかった桜並木を発見しました。Nassau St.を西に進み、大学を通り過ぎたところにあるPrinceton Battle Monumentです。

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Battle Monumentから大学の方向を見た風景。Rockefeller Collegeにある教会の頭がのぞいています。

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こちらがNassau St.から大学を背中にして見た風景。天気が悪いせいもありますが、ここはとても静かな空間で、しっとりとした日本の桜を見たような気分になりました。

どんどん明るくカラフルになる、これからのプリンストンが楽しみです!

南崎梓@プリンストン

【プリンストン便り11】牧野先生とのおしゃべり

今回のプリンストン便りは、アメリカにおける日本語教育の第一人者、プリンストン大学名誉教授の牧野成一先生のお話です。

 

わたしの周りは、若い研究者(夫もですが)や、短期の駐在で来る会社員の家族が多く、みなプリンストンを数年で去ってしまいます。アメリカに長年住み続けてこちらの大学で職を得るのは難しいと聞きます。では、プリンストン大学で名誉教授にまでなった牧野先生は一体どんな人なんでしょう。この度、「東京大学プリンストン便りの取材」という大義名分のもと、牧野先生に会ってまいりました!

 

と、元気よく書きましたが、こんなに偉い人に取材していいのかしら…。自分からコンタクトをとったものの、バクバクに緊張しながら先生に会いに行きました。

ところが、お部屋の入り口に立った途端、緊張はすっかり吹き飛んでしまいました。

「南崎さんですね」と声をかけられたのを皮切りに、「どうぞお座りになって」「それにしても面白いことをされているんですね」「物理学をされていたんですか」などなど、先生からどんどん話しかけられたのです。どうやら私が事前に送ったメールを元に、私の経歴や東京大学のお仕事のことなど色々と読んでくださったようなのです。感激です。頭の中で練習していた堅苦しい自己紹介を披露する暇なんて全くありませんでした。

そのまま研究の話や生活のこと、学生さんの話など、色んなことを伺いました。実は時間を忘れて聞き込んでしまい、また別に時間をとって会っていただくという失態も。それくらい、先生との会話が楽しかったのです。

 

それでは、牧野成一物語の、始まり、始まり。

早稲田大学で英文学を専攻していた牧野先生は、勉強の途中で出会った文体論に興味を引かれ、東京大学の服部四郎先生のもとで言語学を学び始めました。しかし、当時の言語学の主流はアメリカ。かのノーム・チョムスキーがいる国です。一度本場で学んでみたいという思いから、フルブライト奨学生としてインディアナ大学に留学しました。牧野先生が29歳の時でした。

この留学中、牧野先生は二つの重要な経験をします。一つ目は、ある研究会でのこと。若かりしチョムスキーが大御所の研究者たちに果敢に噛み付く姿を目の当たりにしたのです。過去の成果を尊重する日本の学界ではあり得ないことでした。経験や立場を越えて対等な議論ができるアメリカという国に感銘を受けたそうです。

もう一つは、イリノイ大学のロバート・リーズ教授との出会いでした。共に研究をする中で、学生の質問を絶対に馬鹿にしないことなど、リー教授の教育理念から多くを学んだそうです。そして、牧野先生を日本語教育の道に導いたのも、リーズ教授でした。 

リーズ教授は、一年間で留学を終えて帰国する予定だった牧野先生に、このままアメリカに残ってイリノイ大学で日本語教育を始めてみないかと持ちかけました。時代は60年代。朝鮮戦争が終わり日本から引き揚げたアメリカ軍人たちがどっと大学に戻った頃でした。ハーバード大学やコロンビア大学、エール大学で30年代から日本語教育が始まってはいたものの、プリンストン大学を含む全米の大学で次々と日本語教育が始まったのが、まさにこの時期だったのです。

奨学金よりいいお給料でアメリカに残ることができる。言語学のために留学した牧野先生が日本語教育を始めたのは、実はそういう動機からでした。その後、ハーバード大学を経て、1991年にプリンストン大学東アジア研究学部日本語・言語学教授兼同日本語学科長となり、2011年に定年を迎えた後も、名誉教授として大学に残って、教育・研究を続けています。

「始まりは仕方なくだったんだけど、日本語教育が好きになっちゃって、日本語教育学会の会長にまでなっちゃったんです」とのこと。人生って、そういうもんなんだなぁ。 

イリノイ大学で日本語を教え始めた牧野先生は、学生達が日本人なら決してしないような間違いをするのに気付きました。例えば、「小さい家」と言うべきところを「小さいの家」というような。彼らの間違いがどうして起こるのかを徹底的に説明しようと試みたのが1986年に出版されたA Dictionary of Basic Japanese(日本語基本文法辞書)です。あえて文法に間違いのある文章を載せ、なぜこれが間違いなのかを解説しました。この辞書はアメリカにとどまらず世界中の日本語教育現場で役立ち、初級編は20万冊を越える大ベストセラーとなりました。

牧野先生は、学習者のレベルが上がるにしたがって、言語の文法だけでなく「非言語の文法」も必要になると話します。それは動作や態度のような、文字になっていない部分のことです。例えば、尊敬語で質問をしながら、ガムを噛んだりポケットに手を突っ込んだりしていたとしたら、それは日本語の理解としては不十分かもしれません。

逆に言うと、そういう所作をしてしまう学生の背景には、尊敬する相手にもフラットな態度で接するアメリカの文化があります。先のチョムスキーの例のように、この自由さはアメリカの大きな長所です。日本には日本の、アメリカにはアメリカの流儀があるようです。言語の文法と非言語の文法の両方を学ぶということは、自分が伝えたい本当の気持ちをちゃんと相手に届けるために、とても大きな力になるのです。

 

さて、ここまで教育者としての牧野先生について書いてきましたが、実は今回お会いした牧野先生の印象は、思いっきり、研究者の姿。面白そうなものを外からぐんぐん吸収し、脳内の膨大な知識とミックスして新しい境地に達しようとする、探究者の勢いを感じました。

例えば、インターネットの記事を読む時でも牧野先生の目は輝きます。「若者がどのように言語の規則を破っていくのかを見ると、とても面白いんです。」言語の変化の担い手はいつも若者たちです。日本に帰国した際には電車で聞こえて来る会話に耳を澄ませたり、教育プログラムで出会う高校生と話をしたりして、その言葉にアンテナを張り巡らせます。最近先生が驚いたのは「あのケーキ達が可愛い」という表現。複数のものを表す「達」が、人や生き物ではなくケーキに使われていました。これは、日本語のウチとソトの概念に当てはめると理解できるとのこと。「達」はウチにある存在、つまり自分に近しいものや親しみを持てるものに対して使っているもののようです。ウチとソトの広さによって言葉の適用も変わるという、柔軟性の一例でした。

新しく出会う人と話すのが大好き、という牧野先生。日本での教育プログラムの他、講演会で世界中を飛び回る多忙な日々を送っています。「呼ばれると嬉しいので、どこへでも行けるようにしておきたいですからね」と、毎朝の水泳で健康な体を保っています。

人との出会いは発見を生み、時に新しい研究テーマに繋がることもあります。牧野先生の過去の研究が思わぬ形で戻ってきたこともありました。プリンストン大学に演出家の平田オリザ氏が訪れたとき、オリザ氏は牧野先生の著書にサインを求めたそうです。なんでも、牧野先生の「くりかえしの文法」という本を読んだことが、日常的な話し言葉を演劇に取り込む試みのヒントとなったというのです。そして、近しい人とだけ話す場合や新しい人物が登場した場合の言葉の繰り返しの有無や変化など、会話と対話について考えを練り続けたオリザ氏は、言語教育に演劇のテクニックが有効だと提案します。これは、従来の日本語教育で行われていたロールプレイング方式に不満を持っていた牧野先生にとって、大きな刺激になりました。さらには、オリザ氏と知能ロボットの研究者である石黒浩教授(大阪大学)の対談の司会をしたことなど、人の輪はどんどん広がります。

 

牧野先生のご好意で、全部で三回もお話を聞きに行ってしまいました。いつまでたっても話題が尽きません。比喩の辞書の話や、翻訳で失われる情報の話など、最近の研究についても色々と伺いました。「今から勉強するのは難しいけど」と言いながら、脳科学を使った言語の分析についても盛んに話しておられ、常に次の新しいことを考えている若々しい態度が印象に残りました。

 

さて、一年間の留学で渡米したはずが、そのまま50年もアメリカに住み続けることになった牧野先生。最後に、住む場所について話を向けました。少し遠くを見て「もちろん日本は好きですし、懐かしいですよ」とおっしゃったので、日本の風景を思い出しておられるのかしらと思いきや、「そうですね、宇宙に行ってみたいですね」という続きが。予想外の締めくくりにびっくりです。遠いまなざしは、太平洋どころか大気圏も越えてしまっていたみたいです。すっかり、スケールの大きな牧野先生のファンになってしまいました。

牧野先生、ありがとうございました!

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南崎 梓@プリンストン

【プリンストン便り10】歩いて楽しむレイク・カーネギー

みなさま、新年あけましておめでとうございます。

1月に入り、プリンストンの寒さが本格的になってきました。マイナス10度を下回る日もちらほらと。ううう、ブルブル。

大好きな雪は降らないのに、ただただ、寒いという、私としてはちょっと残念な冬です。 

・・・がっ!

うふふ。

今週ついに、カーネギー湖のアイススケートが解禁されました!

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ひゃっほー

行ってみると、予想以上の賑わい。上の写真では遠すぎて見えづらいけど、向こう岸近くに本当のホッケーゴールまで用意されていました。大人も子供もビュンビュン駆け回っております。

私だって!

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スケート靴は持ってないけど、果敢にはしゃいでおります。(写真の中央右側にいる完全防備の人物が私です。)

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ほーら、楽しいなー!楽しいなー!

 

「楽しいな」ポーズをつけていたら、ブーツなのに転びました。

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ちょっと怖い・・・。

ゆっくり立たなければ・・・。

 

この時ふと、足元の氷が目に入りました。

(あるいは、足元の氷以外視界に入らなかったと言うべきか。)

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スケートリンクの氷と違って深くまで透き通っています。まっすぐ上に昇る気泡の筋が何本も走って模様みたい。とっても綺麗で、下ばっかり見て歩きました。考えてみると、凍った湖面を見るのなんて生まれて初めてです。

 

きっと、こんな風に足元に転がっている美を見出すために、私はすってんころりんと転んでしまったのですね。美しい心の持ち主は、こうして他の美しいものと無意識に引き合ってしまうのです。

 

さてさて、最後にもう一枚。

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伝われ!寒さ!!

この時の気温は華氏で21度くらい。ということは、マイナス6度くらいか。

日差しが強く、逆光で撮るとこんなに真っ暗になります。天気のよい日の方が寒いですね。

 

寒くても、冬は冬でガラリと風景が変わるプリンストンの生活は、とーっても楽しいです(ちなみにこの翌日、夫は鼻歌まじりにハワイ出張に出かけました。向こうでは半袖一枚で過ごすそうです・・・。全然、羨ましくなんかないよ。全然)。

 

ということで、冬まっさかりのプリンストンからのお便りでした〜!

今年もよろしくお願いいたします。

 

南崎 梓@プリンストン

Letter from Ms. Yuna Sakuma, Princeton alumnae

2014年11月下旬、アメリカ在住のYuna Sakumaさんが、私たち東京大学渉外本部を訪れてくださいました。彼女は、プリンストン大の卒業生で、東大とプリンストン大との戦略的パートナーシップに大きな期待を寄せているということで、本基金にもご寄付もいただいています。

Yunaさんから本パートナーシップへの思いについてメッセージをいただきましたので、ご紹介いたします。

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Dear Members of the UTokyo-Princeton Community,

 

I hope you had a wonderful holiday season and start to 2015. My name is Yuna Sakuma, a member of the Princeton class of 2011. Since the launch of the University of Tokyo-Princeton strategic partnership in 2013, I’ve enjoyed following its activities, including the recent University of Tokyo Day in Princeton.

 

My enthusiasm for the partnership stems from my Japanese background—I grew up going to international school in Tokyo—and my enriching experience at Princeton. I was an undergraduate concentrator in the Woodrow Wilson School of Public and International Affairs, while receiving certificates in Global Health and Health Policy and Environmental Studies. Not only did Princeton provide me with the flexibility in area of study, but it also provided me with opportunities beyond the traditional classroom. For instance, I served as student representative of the program in Global Health and Health Policy and as senior commissioner of a junior year policy task force on the challenge of childhood obesity in the United States. Outside of academics, on the crew team, I coxed the varsity lightweight women’s eight to its first conference championship since 2003. I currently work on the Global Health Policy team at the Center for Global Development and find the partnership model in research invaluable.

 

As the UTokyo-Princeton strategic partnership moves beyond its first few years, I look forward to the continuation of current initiatives and the expansion of efforts.  The research collaborations underway are exciting and diverse in discipline; they hold great potential to become a catalyst for deeper relationships between departments—beyond the immediate content of the grants—at the two schools and spill over to other departments.

Building on the proposal of Professors Leheny and Sato for an undergraduate exchange program, it would be exciting to see the strategic partnership play a role in raising awareness of opportunities, as well as the holistic student experience, of both schools.

 

In the next year, I’m eager to see the mid- to long-term goals of the partnership and how our community can support the achievement of those goals.

 

Best wishes for a prosperous 2015, and I look forward to our further interactions.

 

All the best,

Yuna Sakuma ‘11

ysakuma@alumni.princeton.edu

【プリンストン便り9】プリンストンの冬

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秋と冬の境目ってどこにあるのか、はっきり言うのはなかなか難しいものですけど、私には「これをもって冬の始まりとする」というイベントができました。

それは、サンクスギビング休暇の3つのイベント、つまり、11月最後の木曜日の「サンクスギビングデイ」、翌日金曜日の大セール「ブラックフライデイ」、同じく金曜日の夜にあるプリンストンの「クリスマスツリー点灯式」です。木曜・金曜をお祭り騒ぎで過ごすと、その後の土曜・日曜を、家でのんびり過ごしながら、「あぁ、冬が来たのだわ」としみじみ実感できるのです。

 

今年のサンクスギビングの日は、夫のボスのお宅に招かれまして、ボスの家族や親戚の皆さんと一緒に大きなターキーを頂きました。でも実は、それとは別の日にも、短期留学の日本人学生さんたちとのパーティ、仲のよい日本人家族たちとのパーティ、ご近所さんのパーティ(に途中から乱入)と、この時期に合計4回もパーティしてしまいました。

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写真は我が家で食べた12ポンド(=大体5.4kg)のターキーです!こんなに大きくて重いのに、これがお店の中で一番小さいものだと分かってびっくり。さらに、学部生達がこれをぺろりと食べてしまって、もう一回、びっくり。

 

金曜日のブラックフライデイには、夜中からショッピングモールで開店待ちの行列ができるそうですが、そんなガッツのない我々夫婦は午後からフラフラと近くのお店を廻りました。それでも半額やそれ以上のお値打ち価格で、大満足のお買い物ができます。街中がお祭りモードで、こちらもついついタガが外れてしまいます。危険ですね。

 

熱気ムンムンの買い物戦争のあとは、極寒のクリスマスツリー点灯式。ここで身も心も冷えきって、セールのせいで高ぶった気持ちも少し落ち着きます。

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     ツリー点灯式当日の様子

自分のことは棚に上げて、「この寒い中、そんなに見たいのか!」と言いたくなる程の人の混みよう。市営の駐車場もと路上駐車もいっぱいです。それでも、友達に簡単に出会えるという、プリンストンのちょうどよい規模感。

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      平日は静かです

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美味しい(そして高い)レストラン「メディテラ」の前にもツリー

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パルマースクエアの虎もクリスマス用におめかしをしています

去年も今年も、サンクスギビング休暇の後がとっても早く過ぎる気がします。大学の授業や英会話教室などが次々に終わって、それぞれグループごとにパーティがあったりして。

おやおや、パーティだらけだな。あらためてここ最近の冬のパーティを思い起こしてみると、去年よりも交友関係が広く深くなったなと実感です。たまにはパーティが続くのも、いいものですね。(夏は夏で、暑いからビールでも飲みましょう、なんて言って結局集まるんでしょうけど。)

 

それでは皆さま、よいお年をお過ごしください。

Best wishes for a wonderful holiday and a Happy New Year!

 

南崎 梓@プリンストン

【プリンストン便り8】文化に触れ合う秋だもの(その2:音楽編)

あぁ、すっかり冬になってしまいましたが、秋の話をもうひとつだけ。今度は、プリンストンで聴いた音楽のお話です。

 

大学のチャペルでパイプオルガンのコンサートがあると聴いたので、11月の寒い夜(零度まで下がりました)に夫と一緒に行ってみました。

チャペル内は天井が高く、入り口から祭壇までまっすぐ伸びる長い通路を挟んで、座席がほぼ左右対称に並んでいます。普段はこの通路はロープで塞がれていて、遠くから祭壇を眺めることしかできませんが、この日はロープがありません!前から2番目と3番目の柱の間が一番よく響きますよと言われたので、通路をぐんぐん前に進み、勢い余って2番目の柱よりも前の席に座ってしまいました。

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演奏が始まると、そんな特等席(?)から、演奏中の手元がよく見えました。といっても、演奏者の姿は高い木の壁に囲まれて見えません。演奏席を上から見た映像が、スクリーンに写されるんです。

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両手と両足を4つの鍵盤とペダルの上で忙しく動かしながら、横の白くて丸いレバーも押したり引いたり。そんな中、一瞬の隙をついて楽譜まで交換するのです!め、めまぐるしいっ!! 彼の動きに目は釘付けでした。

しかし、それ以上に驚いたのは、オルガンの音によってチャペルの空気がいかに変わってしまうか、ということ。

一曲目のヘンデルは、キャサリン妃がウェディングドレスを引きずって後ろから歩いてくるんじゃないかと思うほどの「ロイヤル」感。ところが、メンデルスゾーンの荘厳な曲になると、建物の隅々までキリスト教の威厳がみなぎるようでした。ルイ・ヴィエルヌ作曲の「Troisième Symphonie」は、演奏者曰く「ハロウィンにぴったり」。(誰だか知らないけれど)この曲の登場人物が、とにかくものすごく怒ってるんです。教会の外は土砂降りと稲妻の大嵐なんじゃないかしら、と思うほど。しばらくすると、ちょっと怒りがおさまって妖怪っぽい曲調に。今度は、教会の周りにコウモリや魔女が集まってきているんじゃないかしら…。

パイプオルガンをじっくり聴くのは初めてでしたが、こんなに頭の中が忙しくなるとは思いませんでした。まるで、教会自体が変身してしまうみたいに、その場の空気がすっかり変わります。ガウディが教会を一つの楽器と捉えていたと聞いたことがありますが、確かにそうかもしれません。コンサートホールで遠い前方のステージを眺めているのとは全く違う没入感の体験でした。

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実は、ちょうどこの日、プリンストンの慈善家のWilliam H. Scheide氏が100歳で亡くなったそうです。そこで、その死を悼み、プログラムにはない曲がひとつ演奏されました。Scheide氏が大ファンだったというバッハの曲です。今度は、ヨーロッパの田舎にある古くて小さな教会にいるような気分になりました。窓から入る春の柔らかな日差し(もちろん妄想ですけど)で心が暖まり、安らかな癒しの空間という教会の一面も体験できました。パイプオルガンと教会からは、こんな優しい音も出るんですね。

 

南崎 梓@プリンストン

【プリンストン便り7】文化に触れ合う秋だもの(その1:壷編)

ううう、寒い!11月に入りすっかり寒くなりました。プリンストン大学で堪能した、芸術の秋をお伝えします!

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10月の終わりから、プリンストン大学のアートミュージアムで「Chigusa and the Art of Tea in Japan」という企画展が始まりました。Chigusa(千種と書きます)とは、16世紀の日本で使われていた茶壺のことです。ブルーの紐で飾られた壷の写真がとても綺麗で、さっそく見に行ってみました。

最初の感想としては、茶色くて大きいね…という、なんとも素朴なものでありました。知識がないと、なんだかもったいないですね。展示では紐がかかっておらず残念でした。

 

突然ですが、実はわたくし、9月からプリンストンでお茶のお稽古を始めておりまして。日本ではお茶はおろか着物の着付けもしたことがなく、全くの初体験ばかりでとても楽しいです。

11月最初のお稽古は、プリンストンに千種が来ていることもあって「口切り」の茶事をしました。茶家は毎年5月頃になると茶壺をお茶屋さんに持って行きます。お茶屋さんは摘み取った初夏の茶葉をその茶壺に入れ、しっかりと封をして保存します。その茶壺をお茶屋さんから引き取って来て、茶室で口を切るのが11月なんです。口切りの茶事では、茶壺を床に飾ってお客に見ていただいた後、中の茶葉を石臼で挽き、今年初めてのお茶を皆で楽しみます。そのようなわけで、茶人にとっての一年の始まりは11月なんですね。だからこの時期に、茶壺である千種が展示されたのかー!と大納得しました。

お稽古で驚いたのは茶壺の小ささ。実はこちらが普通なのだそうです。どうも、千種の大きさが特別だったようです。どれくらい大きいかと言うと、チワワだったら4、5匹詰められるんじゃないでしょうか。この説明、分かりづらいですか?

お稽古では、客役の私たちが茶壺を拝見したあと、主人役の先輩生徒さんが、客の前で茶壺に紐をかけ始めました。そうか、茶壺に紐をかけるのはお客さんの前でするものだったんですね。

 

さらに、プリンストン大学で千種に関連するシンポジウムが二日にわたって行われ、私は初日のトークのみ参加しました。

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会場の場所は奇しくも、今期の授業を受けているホール。でも、席を埋めている人のうち、半分以上は日本人で、しかも男性も女性も着物を着ているという、普段は絶対に見られない状況となっていました。ニュージャージー、ニューヨーク、ペンシルバニア辺りから集まった、お茶の先生達に違いない…。私はデニムパンツにダウンジャケットでしたが。

 

この日は、永青文庫の竹内順一先生が16世紀の茶の湯の文化についてお話されました。当時の人々の価値観を探る方法は3つ:お茶会の様子を日記のように記録した茶会記、優れた審美眼を持つ目利きが記した名物記、そして名物記に書かれたもののうち現存する名物そのものを見ることです。三大名物記として紹介されたものの中に、「山上宗二記」がありました。山上宗二とは、私のお茶の全知識と言っても過言ではない、漫画「へうげもの」の中に出てきた人物です!

秀吉趣味を良しとせず、彼自身の目で選び抜いた名物を記録した山上宗二。漫画の中では、秀吉の価値観と異なるこの名物記を書いたことで責められました。その際に秀吉の服装について意見を問われ、それに率直に答えため、耳と鼻をそがれて処刑されました。このシーンはとても恐ろしくて強烈に記憶に残っています(やりとり自体は史実ではないのかもしれませんが)。石田三成が山上宗二記を全部回収してしまいませんように!と思ったものです)。

今回プリンストン大学で見ることのできた千種は、この山上宗二記に載っている名物の一つなのだそうです。三大名物記のうち、最初に書かれたものには、明るい色の綺麗な茶壺がありましたが、後に書かれた山上宗二ともう一つの名物記には、より渋いものが載せられています。山上宗二も千種を実際に見て、これは良いと思ったのですね。そう言われると、千種のあのドロンと茶色い肌が、深くていい味を出しているような気がしてくるので不思議です。因みにわたくし、薬だと思って砂糖をなめたら体調が良くなるタイプです。

 

シンポジウムではプリンストン大学の研究者だと思われる人たちが、とても流暢な日本語で、何やら難しい質問をしていました。明らかに私よりも日本を知っている…!と思いました。プリンストンで日本文化を学ぶなんて、なんだか不思議な気持ちです。習い事や学問を通して、今まで知らなかった日本に巡り会いました。

 

名物記に書かれたもののうち、現存しているものはわずかとのこと。千種よりもっと貴重なものが、日本にはまだまだ保管されているのですよね。同時に、当時にはなかった新しい美意識にも、あらためて興味が沸きました。日本に一時帰国した時に見たいものが、今、少しずつ増えてきています。

 

南崎梓@プリンストン

プリンストン大学での研究生活

プリンストン大学との支援共同プロジェクトに採択された「Sensing Skins, from Molecules to Smart cities」において、今春1ヶ月間留学をしてきた志立 錬さん(工学系修士2年)から報告書が届きました。

 

プリンストン大学での研究生活

工学系研究科電気系工学専攻 修士課程2年 志立 錬

派遣期間:2014年3月1日~2014年3月30日 (現地時間)

派遣先:Antoine Kahn Laboratory, Department of Electrical Engineering,

Princeton University

 

研究背景

私が所属している染谷研究室では、有機物を使った柔らかいエレクトロニクスの研究を行っています。有機物を使うことで、軽く、薄く、曲げることも可能な、落としても割れない電子回路が実現できます。従来の半導体は、硬い電子材料で作られてきました。そのため、電子機器は曲げることができず、落とせば割れてしまいました。しかしここ数年で、エレクトロニクスの薄型・軽量化のニーズは急速に高まってきました。薄くて軽いだけでなく、実用的であるための耐久性も求められ、更に近年では、使いやすさという観点から、より装着感が少ない人間との親和性も求められてきています。このような背景の中、プラスチックフィルムのようなフレキシブルな電子回路が注目を集めており、ウェアラブルな電子機器などに応用され始めています。しかし、もしも今より更に性能が高いデバイスが実現すれば、その応用範囲は格段に広がるはずです。そこで私は、デバイスの更なる性能向上を目指し、有機半導体にいろいろな材料を組み合わせることによって、今よりもより人間が使いやすいデバイスの実現に取り組んでいます。

有機半導体の性能を向上させるためによく用いられる手法の一つに、自己組織化単分子膜を使うという手法があります。これは、ある薄い膜を有機半導体の下に敷くことで有機半導体の性能が向上するというものです。我々は研究を進めていく中で、ある新しい化合物をこの自己組織化単分子膜として利用することにより、デバイスの性能向上に大きく貢献することを発見しました。しかし、この化合物は作られて間もないため、まだわからないことが多く、デバイスの性能向上メカニズムも不明のままでした。そのため、この化合物を様々な方法で評価する必要がありました。デバイスの性能を決める上でもっとも重要な評価指標の一つが、エネルギー準位と呼ばれる指標です。しかし、この化合物のエネルギー準位を評価するためには、専用の測定装置と解析技術が不可欠でした。プリンストン大学のAntoine Kahn教授の研究室は、エネルギー準位の測定技術に長けており、データ解析においては世界トップレベルの水準を誇っています。そこで、私は、この新材料を携え、プリンストン大学にて実験を行うことにしました。

Photo1(a) 筆者がプリンストン大学に派遣されている期間中、3月10日~13日の日程で、「プリンストン東大ワークショップ」が同大学にて開催されました。東大からは教員5名と、筆者を含めた大学院生11名が参加しました。研究発表や議論など、活発な交流が行われました。

Photo2(b) プリンストン大学の学生たちの前で研究テーマについて発表する筆者

Photo3(c) Antoine Kahn教授と研究面で連携関係にあるBarry Rand准教授とディスカッション中の筆者

Photo4(d) Antoine Kahn研究室で筆者が実験に使用した測定装置

 

プリンストンでの実験

物質のエネルギー準位を測定する方法はいくつかありますが、今回用いたのは物質に紫外線、X線、電子線を当てて、物質の振る舞いからエネルギー準位を計算する方法です。この測定には高い技術が求められるため、私はAntoine Kahn教授の研究室で、操作の手ほどきをいちから受けてきました。データ解析にはさらなる蓄積された知識や経験が必要でしたが、経験豊富なAntoine Kahn教授の研究室で教えてもらうことで、少しずつ習得していくことができました。これらの技術はAntoine Kahn教授の研究室でなければ得ることが難しいコツやノウハウばかりであり、少なからず苦労もありましたが、一つひとつ身につけていくという作業は、非常に有用な時間でした。一連の実験の結果、新しい化合物は特殊なエネルギー準位を持つことがわかりました。ユニークな特性が解明できたことは、今後デバイスの性能向上を図るうえで、重要な知見となるはずです。

プリストン大学の研究

プリンストン大学では、一つ一つの研究室の規模は大きくありません。しかし、それぞれが高い専門性を有した少数精鋭の集団となっており、横の連携が強く、交流が盛んでした。研究室内のミーティングはもちろん、連携先とのディスカッションもあり、そこでは最新の研究情報の交換や議論が活発に行われていました。誰かが話しているのを聞くという一方通行なスタイルではなく、教授も学生も熱い議論を交わす形をとっていました。矢継ぎ早に質問が出たり、アイディアが提案されたりするなど、スピーディーかつインタラクティブな内容で、誰もが情熱を持って真摯な姿勢で研究に取り組んでいることが、ひしひしと伝わり、圧倒されました。世界中から集った素晴らしい研究者が、それぞれの専門性や個性を武器に、多様性を生かしたチームプレーを発揮していました。将来研究者としてグローバルに活躍したいと願う自分にとって、そうした研究者たちの姿を目の当たりにしたことは、在外研究ならではの醍醐味であり、大きな刺激でした。

アメリカの大学で一ヶ月という期間、研究活動を行うということは、自分ひとりの力では到底成し得ないことでした。修士課程一年生という早い時期に、プリンストン大学という世界でも最先端の研究を行っている大学に派遣していただいたことは、本当に貴重な経験でした。派遣前には、この貴重な機会を決して無駄にすまいと、そして、より充実した研究活動を現地で行うことができるようにと、入念に準備を行いました。現地では当初は不慣れな面もありましたが、Antoine Kahn先生の丁寧なご指導と研究室メンバーのサポートにより、順調に実験を進めることが出来ました。帰国した現在も、研究交流は続いており、今後も情報交換や共同研究を進めていく予定です。今回の私の派遣期間は一ヶ月でしたが、準備期間と今後の活動を含めれば、プログラムにより私が享受したものは、それ以上のものでした。この経験を糧に、今後も弛まず研究を進めていきたいと思います。

最後に

「プリンストン大学との戦略的提携基金」プログラムにご支援ご協力いただいた皆様に、この場を借りて心より御礼申し上げます。どうもありがとうございました。

UTokyo Day at Princeton University

東京大学・プリンストン大学の戦略的パートナーシップ締結の記念イベント「UTokyo Day」が、2014年10月23日にプリンストン大学にて開催されました。

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イベントが開催されたのは、食堂でおなじみのFrist Campus centerの隣にある、Jones Hallという建物でした。アインシュタインが居室として使っていたという部屋もある、素敵な場所なんです。

しかも!この日はしとしと雨降り。雨で黒っぽくなった石造りの建物に、赤や黄色の紅葉がよく映えて、しっとりとした風情ある景観になりました。寒かったけど。

あぁ、しかし、この日のイベント会場には、暖かい空気が満ち満ちて、寒さなんて吹き飛ばされてしまいました。

 

まずは真面目にイベントレポート

イベントでは、締結に関わった役員と研究者の先生方が一堂に会し、スピーチや研究報告がなされました。

プリンストン大学Eisgruber学長のスピーチでは、東京大学との関わりが古くからあったことが触れられました。プリンストン大学のEd Turner教授や東京大学の須藤靖教授などのお名前を挙げながら、これまで様々な研究者たちの努力で両大学のつながりが続けられていたことが話されました。天文学の分野で共同研究が始まったのは、なんと30年前のことだそうです!

こんな風に学長自らが、具体的な例を交えつつ東京大学との関わりを紹介することに少なからず驚き、プリンストン大学の心からの歓迎の気持ちを感じました。

東京大学からは、濱田総長が東京大学の学事歴やカリキュラムに関する大胆な変更について話し、江川理事からはその詳しい説明や、それ以外の国際化に向けた取り組みの紹介がありました。世界で活躍するタフな東大生を育てる準備が、着々と進められていることを感じました。

ブレークタイムを挟んで、本パートナーシップが支援する3つの共同研究・教育プロジェクトについての進行状況報告もありました。1つのプロジェクトごとに、東京大学の研究者とプリンストン大学の研究者が一人ずつ分担して報告をしました。

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【第一回採択プロジェクト 3 件より進行状況報告】

 

代表者 東京大学/プリンストン大学

プロジェクト

  

染谷 隆夫教授(工学系研究科)/Prof.   James Sturm (Inst. for the S & T of Materials)

Sensing   Skins, from Molecules to Smart Cities

 

吉田 直紀教授(理学系研究科)/Prof.   Jenny Greene (Dept. of Astrophysical Sciences)

The   Todai-Princeton Astrophysics Collaboration

 

佐藤 仁教授(東洋文化研究所)/Prof.   David Leheny
  (East Asian Studies Dept.)

Toward   Immersive Asian Studies:
  A Collaborative Undergraduate Exchange Program for the Todai- Princeton   Partnership

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(1)染谷隆夫教授(東大)、Prof. James Sturm(プリンストン大)のプロジェクトは、「Sensing Skin」という、1マイクロメートルのものすごい薄くて軽いフィルム上作られた電子回路の開発でした。羽毛よりも軽く、くしゃくしゃにしても大丈夫。その特性を活かして、人の手の甲や、建物などに貼り付けることができます。東京大学のロボットスキンの研究と、プリンストン大学の伸縮する金属の研究が出会って生まれた新しい技術だそうです。1マイクロメートルとは、1000分の1ミリメートルのこと。髪の毛の太さが大体0.1ミリメートルなので、髪の毛の100分の1くらい、ということでしょうか。薄いな。こんな所に緻密な(しかも伸び縮みする!)電子回路が構築できるとは。

(2)一方、吉田直紀教授(東大)、Prof. Jenny Greeneが挑戦しているのは、ものすごく大きいもの、ずばり、宇宙の国勢調査!これまでにない大規模な観測を行い、宇宙全体の性質を統計的に調査します。一つ一つの星や銀河ではなく、全体を見渡して初めて見えるものとは何でしょう。それは、宇宙そのものの歴史です。遠くを見れば見るほど過去の宇宙の姿が見えるので、広く&遠くまで観測することによって、宇宙全体がどんな風に膨張してきたかを調べ、そこから、宇宙全体を支配するルールを見出そうとしているのです。このプロジェクトでは、日本の技術が結集したハワイのすばる望遠鏡が使われています。

(3)佐藤仁准教授(東大)とProf. David Leheny(プリンストン大)の教育プロジェクトでは、「immersive(没入した)」なパートナーシップを実現するため、教員が互いの大学で授業を行うという取り組みが行われています。これには、佐藤先生の実体験が元にあります。以前プリンストン大学に出張にきた時、プリンストン大学がどのように機能しているのかは、ただ滞在しただけの時にはわからず、ある時プリセプト(講義とは別に、小グループで議論をする授業)に参加させてもらって初めて理解できたと感じたそうです。深いパートナーシップ実現の鍵は「teaching」である、ということでした。この二人は、まるで漫才コンビのように軽妙なトークで、息もぴったり!あぁ、immersiveな交流がなされているんだなぁ、という感じでした。

会場ではそのまま、より深いパートナーシップの実現や日本の学生がもっと積極的に発言するにはどうしたらよいかなどの議論が始まり、活発な意見交換がなされました。

 

 

イベント以外の時間のレポート

ブレークタイムや、イベント終了後の会場は、さらにフレンドリーな雰囲気でした!

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左から、東京大学から本パートナーシップにより、Astrophysical Sciences(宇宙物理)に留学している村田君と高木君、そしてイベントの準備や進行に尽力された東京大学国際本部の財津さん。楽しそうに歓談をしているところを撮らせていただきました。

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プリンストン大学の博士課程で電子工学を専攻するWarren Rieutourt-Louisさんと。東大Tシャツを着こなしています。本パートナーシップで、東京大学の染谷研究室に滞在していました。染谷研究室の学生もプリンストン大に来たそうです。

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左から、東京大学の江川雅子理事、プリンストン大学the Council for International Teaching and ResearchのJeremy Adelman理事、東京大学の羽田正副学長。Adelman先生はとってもきさくな方でした!

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濱田総長を囲んで、プリンストンの宇宙物理チームでパチリ。左から、プリンストン大学宇宙物理ポスドクの富田賢吾さん、留学生の村田さん、濱田総長、留学生の高木さん、プリンストン大学宇宙物理ポスドクの宮武広直さん。

佐藤仁教授、Prof. James Sturm、染谷隆夫教授が楽しそうに会話されているところに、お邪魔してみました。

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イベント後、宇宙物理学科の建物に、吉田直紀先生とProf. Jenny Greenの姿が。

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写真の撮影をお願いすると、研究にゆかりのあるSloan Digital Sky Survey(一世代前の大規模観測)の写真の前で、日本風にピースをしてくれました!

 

コメントとまとめ

イベントは全体的に親密で暖かい空気があり、質問や発言もあって、とても充実した時間でした。

濱田総長にこのイベントの感想を伺いました。「戦略的パートナーシップという言葉だけだと、漠然としたイメージしか沸かないかもしれません。今回、実際にイベントに参加して、ここまで教育も研究もしっかり噛み合っているんだと、嬉しい驚きでした。このパートナーシップには幅があり、きっと他の分野にも広がって行くだろうと、とても明るい印象を持ちました」。

学術推進支援室長の松本洋一郎理事にもお会いしました。アットホームな雰囲気でしたし、研究報告も面白かったですし、議論も盛り上がりましたね!とお伝えすると、「この締結はね、本当に一緒にやりたいと思って行動してくださった現場の先生方がたくさんいらしたから、うまくいっているんです。大学の本質でもある、強い研究者の姿が、このパートナーシップにはあります」と答えられ、こういう関係は長続きするんですと、おっしゃいました。

宇宙物理の研究をするプリンストン大学のProf. Green(ピースしていた女性の方)は「このパートナーシップは、私たちの共同研究を、パワフルで、そしてナチュラルなものにしてくれました」と話してくださいました。

学生にとっても、大きな利益があったようです。プリンストン大学博士課程のWarren Rieutourt-Louis(東大Tシャツ着てた方)さんは、東大の染谷研究室に滞在したことがあります。プリンストン大学では学べない部分をしっかり勉強でき、今の自分の研究に役立っているそうです。日本滞在はとても楽しかったそうで、今度行くときは日本語での授業にも出てみたいとのこと。欧米から物理的に離れ、なおかつ言語も異なる日本に、学生さんや若手研究者がやってくるのは大変なことだろうと思います。でも、こんな風に、一度でも滞在した経験があると、心理的な壁はずいぶん低くなるかもしれませんね。もちろん、逆に、日本の学生さんにとっても、海外で(しかもプリンストンは治安もいいし、有名な研究者がゴロゴロいるし、)過ごせるのは貴重な経験のようです。

人と人が協力して灯した明かりを、大学と大学が協力してもっと大きな火にしていくような、頼もしくて温かいパートナーシップでした。

両大学の間に培われた現在進行形の関係を見られただけでなく、未来への種がどんどん蒔かれているような、とても明るい印象を持ちました(あ、総長のコメントと同じ)。

 

UTokyo Dayの様子は、東京大学とプリンストン大学双方の大学ホームページでも紹介されています。

(東京大学・日本語)http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/news/topics/3175/

(東京大学・英語)http://www.u-tokyo.ac.jp/en/news/topics/3188/

(プリンストン大学)http://www.princeton.edu/main/news/archive/S41/40/83Q40/index.xml?section=topstories

 

南崎 梓@プリンストン

プリンストン大学留学についての報告

昨年、プリンストン大学との支援共同プロジェクトに採択された「The Todai-Princeton
Astrophysics Collaboration」において、2ヶ月間留学をしてきた朱さん(理学系修士1年)から報告書が届きました。

プリンストン大学留学についての報告

理学系研究科物理学専攻 修士1年 朱 えい東

時間がたつのは早く、プリンストンに行ったのはもう一年前のことになってしまった。しかし、あの2ヶ月弱の滞在は色褪せることなく鮮明に私の頭の中に刻まれている。体験の全てを細かく述べることはできないが、いくつかもっとも印象に残ったことについて記したい。

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まずはホストファミリーの一家が本当に熱心で、私たちの面倒をよく見てくれた。滞在が正式的に始まる前にキャンパスの下見や、アインシュタインが昔住んでいた屋敷、その他いろんなところに連れてくださり、詳しく歴史話などしてくれた。プリンストンの有名なアイス屋さん、有名なレストランでもいろいろごちそうになったりした。彼らはアメリカの文化的側面に私たちに触れてもらおうという心は非常に強くて、アメリカンフットボールを皆で見に行くとか、Mr. BeanのコメディやA Beautiful Mindを一家で見るようなイベントを企画してくれたり、ハローウィンやThanks Givingの雰囲気に味わえたり多くのことをしてくださった。また私が体調を崩したときに薬局にわざわざ特別な薬を買ってくれたこと時は感激した。

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大学の方では、宇宙科学学科全体に活発で研究を楽しめるような雰囲気だった。毎朝10時半から定例会があって、分野を問わず全学科の人が集まって、その日インターネットに投稿された論文についての情報を分かち合う。みんなから満々なやる気が感じられて、わからないことがいっぱいだけれども、若い私たちには大きな刺激であった。他にも多くのイベントが組織されていて、ランチを食べながらも研究に関する最新の情報がどんどん入ってくる。高等研究所に近いから大学と研究所両方のセミナーに参加でき、世界中の優れた頭脳の間の研究議論が聞けて、時折自分が完全に圧倒された感じもした。

プリンストンの授業は少し東大のものと違う気がした。私は一般相対論の授業だけ聴講した。私たちは一般相対論の授業を東京大学で受けたことがあるから、それほど新しいことというわけではなかったが、復習も兼ね、また英語の聞き取り練習もできたため、必ず授業に参加するようにしていた。宇宙科学科の講義とは言えども数学的な側面が重視され、簡潔かつ厳密な証明できれいにいろんな命題が証明されていくこともとても感心だった。授業はスライドでやっていたが、Blackboardというウェブサイトを通して、スライドを学生に配ったり、宿題を出したりするわけである。授業のスピードは少し早めで、最初に一般相対論を習う際には少し流している感じもするけど、宿題の量はかなり多く、放課後きちんと復習しないと解けない問題ばかりで、むしろ課外時間を利用してしっかり基礎づけてもらっている。

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プリンストンでのポスドクの日本人先輩たちも丁寧に私たちの勉強や生活面で助けてくださった。研究員の杉山さんは私の研究のわからないところについていろいろ教えてくれた。同じく研究員の富田さんは私たちを連れてニュージャージー州にあるCMB(宇宙背景放射)を発見した当時に使われていた望遠鏡を一緒に見に行ったし、ノーベル賞受賞者の講演会に連れていてくれたこともある。私は富田さんに将来研究者になるためのアドバイスなどを求めたこともある。

滞在中に私の指導教員を引き受けてくださったSpergel先生が忙しい中でも毎週時間を設けて会ってくださったことなど、そして全般的面倒見をしてくださった東京大学の吉田先生などの支えにも感謝したい。

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ひとつだけ、少し後悔していることは、プリンストン大の学生たちと十分に交流を深められなかったことである。やっていた研究分野はだいぶ違うため、共通の話題も少なかった。私はプリンストンの学生たちに誘われて、彼らのthunchというお昼の活動に参加した。ほぼ毎週あるこのイベントは学生たちだけで運営されていて、毎週の木曜日にランチを食べながら、いろいろ有名人を招待して、面白い話をしてくれるという企画である。私も忙しかったし、専門外の英語が完全に聞き取れていたわけでもないので、7週間あまりの滞在の間に2回しか参加しなかった。プリンストンの学生たちは私たちに熱心に接してくれたが(クリスマスに合唱のイベントがあって、誘ってくれたが、もう帰ることとなった)、少し照れ屋の私はチャンスを掴めなかった。

現在私は素粒子物理学、主に弦理論の研究をしているので、プリンストンでやっていた研究とはテーマを変えてしまったが、当時覚えたそのわくわく感や刺激は今でもやる気の出る最大の源の一つになっている。そして、最近弦理論でのある種の問題は宇宙のダークマターと似たような計算で解決できるではないかと気づいたことさえあった。私にとってこの2ヶ月の滞在は実に思い出と収穫の多いものだったとつくづく感じている。

【プリンストン便り4】潜入!プリンストン大学の授業

新学期が始まり、キャンパスはすっかり賑やかになりました。実は今学期、私は大学の授業を受けちゃうんです!今回は、わくわくして迎えた第一回目の講義の様子をお伝えします。

 

9月になって、キャンパスの中が、少—し、秋めいてきました。

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秋の快晴は本当にいい気持ちです!

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楽しそうに行き交う学生さんたちを見ると、なんだか私も混ざりたくなってしまいまして、Community Auditing Program (CAP)というプログラムを利用して、聴講生として講義に出席することにしました。

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私が受講することにしたのは「科学史」の授業です!主に、1970年代以降、どのように科学が発展したのかを追いかけます。意外と真面目なチョイスでしょ?

嬉しかったのは、講義室の場所がArt Museumの中だったということ!

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プリンストン大学のArt Museumは、私の大好きな場所の一つです。クラシカルな油絵から、ポップアート、ローマのお風呂やアフリカの楽器に至るまで、色んな展示物を気軽に楽しめるので、とても気に入っています。

ここに、授業だから「通わなくてはいけない」というのが、なんとも嬉しくて!(講義室自体は、展示スペースとは別の場所にある普通のホールなんですけどね。)

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McCormick Hallという名前のホールで講義を受けます。

そして先日、ついに第一回目の講義を受けたのですが、先生が、ものすっっごく、早口でした。「僕は、とてもとても早くしゃべるから、よくわからなくなったら止めてくださいね」と授業の冒頭でおっしゃっていました。ネイティブスピーカーにしても早い方なのだとわかり安心…というか、よけい不安に。

第一回目のテーマは「マンハッタン計画」。アメリカにおける科学技術の発展の裏には、戦争の影が切っても切り離せません。軍と文民の両方が協力して、科学技術の発展に力が注がれました。その後、冷戦時もアメリカ政府は科学技術のために莫大な予算を割き続けました。その背景には、経済学や政治学の分野で発表された「科学の進歩は公共の利益に直結する」という考え方がありました。

いやはや、授業の時間だけでは、なかなか内容を理解できません…。授業のあとには、メモした単語を調べたり、講義のスライドを見返したり。気付けば必死にアメリカの近代史について調べています。科学のことだけでなく、アメリカそのもののこともお勉強できるので、一石二鳥で嬉しいです☆☆

…ちょっと強がりを言いました。正直、辛いですが、授業がとても面白そうなので、何とか付いていきたいと思います!頑張ります!

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これが私のお勉強セットです。ミーハーな私が使っているのはもちろんプリンストン大学のノートです。Nassau Hallのデザインでかっこいいです。一番手前は電子手帳のポーチ、白黒の柄物ノートは単語ノートで、一番下は講義資料を見るためのiPadです。授業のスライドや、Reading listの資料は、授業用ウェブサイトからダウンロードできて便利です。

ところで、こちらの写真はNassau Hallのそばにある美しい彫刻です。いつも横を通るたびに綺麗だな、と思って見ているのですが、なんと先日、この上に腹這いになって、本を数冊広げてお勉強している学生さんを見かけました!

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彫刻の上に乗ってもいい、という発想がなかった…!ここで本を読むなんて、なんと気持ちのよさそうなことでしょうか。でも私は、行き交う人が気になってしまうかもしれません。

学生体験の一環ということで、私も乗っかってみました。

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テーブル部分が広くて、なかなか気持ちよかったです!

少しだけ学生気分を味わえました〜!

 

(南崎梓@プリンストン)

プリンストン大学留学体験記

昨年、プリンストン大学との支援共同プロジェクトに採択された「The Todai-Princeton Astrophysics Collaboration」において、2ヶ月間留学をしてきた大里さん(理学系修士2年)から報告書が届きました。

 

プリンストン大学留学体験記

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 修士課程一年 大里 健

 

 2013年9月から11月までの二ヶ月間プリンストン大学天体物理学科(Department of Astrophysical Sciences, Princeton University)に交換留学生として滞在した。プリンストン大学は筆者が専攻とする宇宙物理学を始め、特に物理学、数学の分野において世界のトップに位置する教育機関でもあったので、留学する以前から興味を寄せていた。その上、筆者にとって「留学生」として海外の大学を訪れるのは初めてであったので、多くの有意義な経験をさせていただいた。

 現地における大学生活は、宇宙物理学を学ぶ者としては非常に刺激的な毎日であった。天体物理学科においては、宇宙物理学における第一線の研究者たちが大学に訪れ、自身の研究を発表するセミナーがほぼ毎日開催される。最新の研究内容を基に議論が行われるセミナーは、日本にいたときには体験出来なかったもので、とても新鮮であった。そしてこの二ヶ月間、Eve C. Ostriker教授と富田賢吾博士研究員の指導の下、星形成領域における磁気流体シミュレーションに関する研究を行った。先生方は未熟な筆者に一から丁寧に指導してくださり、彼らと交わした議論から得た知識はこれからの自分の研究生活において礎になると確信している。

 この留学において最も印象に残ったのは、やはり学科における先生方と学生たちである。天体物理学科のあるPeyton Hallでは、毎朝9時になると一斉に教室中の人々が一階のホールに集合する。毎日インターネット上で最新の論文が発表されるため、その中でも興味深い論文を取り上げて議論するためだ。もちろんその際にはコーヒーを欠かさない。驚いたのは、宇宙物理学の分野において権威ある先生方と学生が活発に議論を交わしている姿であった。研究に取り組む真摯な姿勢を感じ、研究者を目指す自分にとって良い刺激となった。

 天体物理学科に留まらず、プリンストン大学の環境にも非常に感銘を受けた。プリンストン大学は1746年に設立され、一時は国会が設置されたこともある歴史的な場所でもある。歴史を感じさせる建物の中、近代的な図書館もありつつ、調和のとれた風景が広がっていた。自然も多く、落ち着いて研究に取り組むことの出来る環境であった。プリンストンという街そのものの中心がプリンストン大学であり、市街地も大学周辺に位置している。大学から数分も歩けば住宅街と森が広がっている。折しも筆者が訪れた頃は秋から冬への変わり目であったので、紅葉が美しく、時には鹿が道路を歩いているのにも出くわした。また、大学の近隣には、かのアインシュタインが過去に在籍していた高等研究所(Institute for Advanced Study)もあり、筆者もセミナーを聴講するため何度か足を運んだ。まさにプリンストンにある研究機関が街と一体化しており、一つの巨大な学術都市をなしていた。

 初めての海外での生活ということで、最初は英語でコミュニケーションできるかなど不安も多くあったのも事実である。しかしながら、様々な人々の助けもあり、アメリカに到着してすぐにそのような不安もなくなり、研究活動に集中することが出来た。二ヶ月という短い期間ながら、この留学を通じて学んだことは数え切れない。いつの日か再びプリンストンを訪れたいと心から思える、とても貴重な留学経験であった。

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Peyton Hallの前にて。左から富田賢吾博士研究員、筆者、Eve C. Ostriker教授

【プリンストン便り3】プリンストンの“the Fourth of July”

今回のプリンストン便りは、アメリカ合衆国のとても大切な日、「独立記念日」に行われたイベントについてお伝えします。

 

7月4日はアメリカの独立記念日です。独立記念日は英語で「Independence Day」ですが、こちらでは単に「the Fourth of July」と呼ぶことがあります。7月4日と言えば、あぁ独立記念日ね、って、誰もが連想できるんですね。

独立記念日には全米各地でイベントが行われるようですが、プリンストンでは大砲を打つイベントが行われます!

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independence day
YouTube: independence day

結構大きな音でびっくり!

大砲のパフォーマンスの後は、独立宣言書の朗読です。今年は雨が降りだしてしまい、朗読のおじいさんの提案で、皆で木陰に移動しました。

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独立宣言は、少し、長い。特に雨の中凍えながら聞くには、結構、長い。朗読中、おじいさんが「皆さん(寒さは)大丈夫ですか?」と聞くと「あなたは大丈夫?」と聴衆から逆に気遣われるという一場面もありました。

しかし、一人だけ木の外で雨に濡れながらも、おじいさんは最後まで大きな声で力強く独立宣言書を読み上げてくれました。

ところで、このイベントが行われた「Battlefield」は、何を隠そう、独立戦争の中でも重要な舞台となった古戦場の一つです。10日間という短い期間にトレントン、アッサンピンク・クリーク、プリンストンの3つの戦いでイギリス軍に勝利したことで、劣勢だった大陸軍が息を吹き返し、そのまま勝利に結びついたと聞きました。プリンストンの戦いは1777年の1月、とても寒い時期だったようです。

Battlefieldの端に残るthe Clarke Houseは、なんと1772年に建てられたもの。独立記念日は開放され、所蔵される戦争関連の資料や、当時の暮らしを伝える家具などを見ることができます。

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この日はみんな、独立宣言の朗読が終わるや否や、雨宿りも兼ねてthe Clarke Houseに駆け込みました。

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当時の地図の中では、Princetonではなく、Princetownと書かれています。「Nassau Hall」の文字も!

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311_2The Clarke Houseで配っていたジンジャークッキーは、予想以上にジンジャーの味が濃かったです。

広いけれど、歴史的な戦争が行われた場所だと思って見るとBattlefieldが少し狭く見えます。この場所で流血の戦いが行われたのかと想像すると、なんだか息苦しくなってきます。

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私たち夫婦は、友人が遊びに来てくれるたびにBattlefiledに連れてくるのですが、この場所、普段は本当に全く何もないんですよね。建物も閉まっちゃってるし。

ちなみに、我々夫婦によるBattlefield観光案内(独立記念日以外の日)では、閉まっているThe Clarke Houseを外から見せたあと、この平原を歩いて横切って、プリンストンが属するMercer County(郡)の名前の由来となったMercer将軍がもたれかかったという木(の子孫の木)を見せます。

(その後、Battlefieldの隣にあるIAS(プリンストン高等研究所、Institute for Advanced Study)に寄り道したり、アインシュタインが暮らした家を見せたりして…)

最後を締めくくるのは、プリンストン大学のNassau Hallです!東大でいう安田講堂のような、プリンストン大学のシンボル的建物であるNassau Hallは、独立戦争後に一時的にアメリカ合衆国の国会議事堂になりました。

これを、ほらプリンストンの歴史すごいだろうと、ドヤ顔で見せるのです。

何もない平原を暑い中(または寒い中)歩かされ、Wikipediaの知識を興奮気味に語られ、どうだ、感動するだろう、と迫られる友人たちには少し気の毒ですが…。それだけ、私にとっては、こんなに身近なところに、私でも聞いたことのあるような歴史上の大事件の痕跡があるんだということが、ぞくぞくすることなのです。

日本にいた頃は、「7月4日」→トム・クルーズ主演の映画「7月4日に生まれて」→「独立記念日」、というように一度トム・クルーズを経由しないと、独立記念日の日にちが思い出せなかった私でも、いまや「独立記念日?あぁ、Fourth of Julyね」と、バッチリ頭に刻み込まれているのでした。

さて、今回のプリンストン便りはこれでおしまい。冷夏のプリンストンからお届けしました!

 (南崎梓@プリンストン)

プリンストン大学との戦略的提携基金へのご支援のお願い

担当理事からのご支援お願いのメッセージ

 

プリンストン大学卒業生の皆様

昨年は「東京大学とプリンストン大学の戦略的提携」運営に関しまして皆様からご支援を賜り誠にありがとうございました。小笠原科学技術振興財団からの1000万円の大口寄付をはじめとしまして皆様から合計1200万円ほどの寄付を頂きました。 

お陰様を持ちまして、プロジェクトは順調にスタートし、皆様からのご支援は2013年度に採択された工学系、理学系、東洋文化研究所の3つの共同プロジェクトとその交流として学生14名、教員5名への助成に使わせていただきました。 

2014年度は採択プロジェクトが4つになり、2013年度と同様に学生、教員に対する支援を行う予定です。 

また、2014年10月23日にはプリンストン大学にてU-Tokyo Day: Celebration of our partnershipというイベントを開催して、両校の総長はじめ締結に関わった理事、役員、教授が一堂に会し、両校の国際化活動状況紹介、パートナーシップ内容の紹介、プロジェクトの進行状況報告などを行う予定です。 

なお、「東京大学とプリンストン大学の戦略的提携」についての助成内容及び研究成果など詳細に関しましては、新たに立ち上げました東大基金内のプリンストン基金サイト(ブログ)を参照してください。    

http://princeton.utokyo-kikin.jp/

本サイトでは、定期的に現地特派員からのプリンストン大学のホットトピックスも掲載していく予定です。将来的には皆様からの投稿もお願いしたいと考えています。

東京大学の新たな試みであるプリンストン大学との戦略的パートナーシップは今後とも東京大学のグローバルキャンパス形成の核として継続させていきます。

皆様におかれましては昨年と同様本年度もご支援をお願いいたします。

 

東京大学理事 江川 雅子

【プリンストン便り2】誇りと喜びに満ちあふれる一週間〜Reunion&Commncement(後編)

プリンストン通信の第一回目は、プリンストン大学が最も賑わう大イベント「Reunion」と、その翌週に行われる卒業式のレポートを、前・後編に分けてお届けします。

 

プリンストンの一大イベントReunionで最も盛り上がるP-radeは、初夏の太陽の下、3時間近く続きました。皆さん、さすがに少し疲れ顔。

しかし、Reunionの土曜日はまだまだ終わりません!もう一つの山場、野外コンサートとそれに続く花火ショーがあるのです。

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会場は、大学の南東にあるFinney and Campbell Fieldというところです。フットボールの試合に使われるPrinceton Stadiumの、さらに東側。大学の敷地ではかなり端の方にあります。

夜8時、Princeton University Orchestra Lawn Concertが始まりました。

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まだ6月初めということもあって日が落ちると少し肌寒くなりますが、それでも、芝生で夜風に当たるというのは気持ちがいいものです。

大迫力のクラシック音楽に聞き入っているうちに、いつの間にか日が落ちて空はすっかり暗くなっていました。いよいよ、花火ショーの始まりです!

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これがもう、予想以上に素晴らしいショーでした。ディズニー映画「アナと雪の女王」の挿入歌「Let it go」や、「スターウォーズのテーマ」等の楽しいBGMに合わせて、色とりどり、形さまざまの花火が打ち上げられました。

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最後はプリンストン大学の校歌である「Old Nassau」をみんなで歌います。私は歌えませんが、歌の途中で手を右上にビュンビュンと振り上げることは覚えちゃいました。なんだか興奮冷めやらぬまま、Reunionの賑やかな一日が終わりました。

* * *

Reunionに続く6月2日(月)と3日(火)は、2014年卒業生のためのセレモニーが行われました。大学の中のお祭り気分は、少しだけ抜け(やや浮かれた空気が残っています)、誇りに満ちた厳粛な儀式モードに変わります。

2日(月)の夕方は、Nassau Hallの裏手にあるCannon Greenにて、Hooding Ceremonyが行われました。Ph.D.とMasterを取得した学生たち一人一人に、アカデミックガウンのフードを掛ける儀式です。

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ReunionのP-radeで最高齢の卒業生を見たときも感激しましたが、この日もまたもや、人ごとながら感激してしまいました。

みんな本当によく頑張りました。プリンストン大学で究めた知恵と知識に自信を持って、それぞれの分野で、あなたの瑞々しい力を遺憾なく発揮してください。

子供と一緒に並ぶ学生さんもいました。抱え方がたくましい!

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そして続く翌日の3日(火)は、学部生の卒業式Commencement Ceremonyです。午前中の明るい日が射す中、Nassau Hallの正面広場で式典が行われました。

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新緑の天井が、もう本当にいい気持ち。開式直前には、華やかなノースリーブのワンピースで、スターバックスのアイスコーヒーラテを持ってうろうろ歩く、素敵なマダムをたくさん目撃しました。私も冷たいコーヒーを飲みたかったです。

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Christopher L. Eisgruber学長による祝辞では、プリンストンでの経験を糧に、卒業してからも学ぶことを続けてほしいという、メッセージが送られました。

その中で印象的だったのは、MOOCに関連する、ある報道についてのお話です。誰でも無料で世界の有名大学の授業を受けられるMOOCは、インターネットが生んだ新しい高等教育の形として近年注目を集めました。インターネット系サービスのような大学の未来のビジネスモデルについても話題になっています。これに関連して、ある女性レポーターが、教師と学生との関係性を、記者と読者やTVレポーターと視聴者の間の関係性に例えたそうです。

Eisgruber学長は、未来のことは誰にも分からないけれど、教師と学生との関係は、決してそのようなものではないことだけは分かる、と言います。「君たちの人生に影響を与えた教師のことを、思い浮かべてください」と述べ、その教師が特別である理由は、その人が有名だったからではなく、自分を知るために時間を割いてくれたからだ、と続けました。「教育とは、非常に個人的な営みなのです」ということが、Eisgruber学長の主張でした。

プリンストン大学でも東京大学と同様にMOOCで講義を提供していますが、それでもなお、この場で受けた教育は、何ものにも代え難い貴重なものなのだという、力強いメッセージだったのです。

あぁ、それにしても、アメリカの人って、本当にスピーチが上手です。「君たちは今や、そして永遠に、Princeton University's Great Class of 2014なのです!」と締めくくったEisgruber学長の言葉に、Nassau Hall前の広場が歓声で沸き、私は今回三回目の「人ごとながら感激」をやってしまいました。

わたしには、体にしみ込んだプリンストン精神がついている!どこにだって行って、夢を叶えてみせるわ!

という気分です(今度は学生目線になってみました)。

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最後に、息子さんの卒業式のためプリンストン大学に滞在されていた、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構の村山斉機構長にお会いできたので写真をパチリ。

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お隣にいるのは、プリンストン大学Department of Astrophysical SciencesのMichael Strauss教授です。すばる望遠鏡を使った国際プロジェクトで、東京大学と共同研究をしています。笑顔が優しいとても気さくな方でした!

(すばる望遠鏡を使った国際プロジェクトの詳細はこちらを参照:http://sumire.ipmu.jp/1602

少し長くなってしまいましたが、今回はこれでおしまいです。

いよいよSummer vacationが本格的に始まります!大学の中が静かになるんだろうな。(ということは、ブログに書くネタが見つからなくなってしまうんじゃない?…という不安もよぎります。)

それでは、恐らくもう少し短い文章になるであろう、次号のプリンストン通信でお会いしましょう!

(南崎梓@プリンストン)

2014年度共同プロジェクト採択結果

2014年2月27日に以下4件の共同プロジェクトが助成対象として採択されました。

1.井出 哲 教授(理学系研究科)/Prof. Allan Rubin(Dept of Geosciences)

プロジェクト:Analysis and modelling of tremor and slow slip(1年間の助成)

 

2.平地 健吾 教授(数理科学研究科)/ Prof. Charles Fefferman (Dept of Mathematics)

プロジェクト:Joint Research Training in Pure and Applied Mathematics(3年間の助成)

 

3.小野 靖 教授(新領域創成科学研究科)/ Prof. Stewart Prager (Director, Princeton Plasma Physics   Laboratory)

プロジェクト:Educational Collaboration and Workshop for Plasma Physics and Fusion(3年間の助成)

 

4.小渕 祐介特任准教授(工学系研究科)/ Prof. Jesse Reiser (Architecture)

プロジェクト:Meet the Authors: Cross-Cultural Analysis on Architectural Writings(3年間の助成)

 

※次回は、2014年9月半ばより新たに助成する共同プロジェクトの公募を開始し、審査を経て2015年2月末に採択する予定にしています。

 

2013年度プリンストン大学との戦略的提携基金からご報告

〈共同プロジェクトに対する助成〉

2013年6月14日に以下3件の共同プロジェクトが助成対象として採択されました。

1.染谷 隆夫教授(工学系研究科)/Prof. James Sturm(Inst. for the S & T of Materials)

 プロジェクト:Sensing Skins, from Molecules to Smart Cities(3年間の助成)

 

2.吉田 直紀教授(理学系研究科)/ Prof. Jenny Greene(Dept. of Astrophysical Sciences)

 プロジェクト:The Todai-Princeton Astrophysics Collaboration(3年間の助成)

 

3. 佐藤 仁准教授(東洋文化研究所)/Prof. David Leheny(East Asian Studies Dept.)

 プロジェクト:Toward Immersive Asian Studies:A Collaborative Undergraduate Exchange Program for the Todai-Princeton Partnership(3年間の助成)

 

成果報告

1.染谷/Sturm

Princeton-Todai Mini-workshopを2014年3月20日~25日にプリンストン大学で開催した。東大からは、教員5名、大学院生11名が参加した。

東京大学工学系研究科の学生(修士課程1年)がプリンストン大学にて在外研究に1か月従事した。新しい自己組織化単分子膜の光電子分光によるエネルギー準位の評価を行い、ユニークな特性を得た。

プリンストン大学電気工学科の学生(博士課程)が5月4日より2か月東大にて共同研究に従事している。

 

2.吉田/Greene

助成により、2ヶ月間の学部学生交流を実現している。
2013年9月-11月に東大理学部物理学科4年生 大里健さんと朱えい東さんがプリンストン大学宇宙科学科に滞在し、宇宙物理学の研究をすすめた。
それぞれ派遣先の教員および研究員らと共同研究し、磁気回転流や宇宙のダークマターについての新たな知見を得た。
2014年9月-11月にも東大理学部物理学科4年生を派遣予定で、選考された2名は渡航準備をすすめている。
今後、2015年5-7月, 2016年5-7月にプリンストン大宇宙科学科の学部学生3年/4年生を数名受け入れ、また2015年9月-11月にも東大理学部物理学科4年生を派遣する予定である。

3.佐藤/Leheny

2014年2月初めよりプリンストン大学にてカウンターパートの教授と共同で授業を開講。Dilemmasof Development in Asiaというタイトルで、東アジア学部の学生だけでなく、理科系を含む多くの学部から60名程度の受講者を集めることができ、East Asian Studies Departmentの歴代開講科目の中では屈指の人気授業として走り始めることができた。プリンストン大学のレヘニー教授が6月16日から駒場で集中講義を実施した。

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プリンストン便りを始めます

みなさま、こんにちは。南崎梓と申します。プリンストン大学でポスドクをしている夫を追いかけ、2013年の6月からプリンストン生活をスタートしました。私にとっては初めての海外生活です。毎日刺激がいっぱいで、気が付けばあっという間に一年が過ぎ、この小さくて美しいプリンストンの町がすっかり気に入ってしまいました。そんなポスドク妻の目線から、プリンストンの旬な話題をお届けします。

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プリンストン大学との戦略的提携基金へのご支援のお願い

理事からのご支援お願いのメッセージ

幅広い分野における長年の研究交流と、両大学の信頼関係に基づいた戦略的提携により、東大の国際化が一層加速することを期待しています。特に学部学生の交流は画期的で、両大学の学生にとって素晴らしい機会になると思います。このような東京大学の動きにぜひともご支援よろしくお願いいたします。

東京大学 理事 江川 雅子

プリンストン大学との戦略的提携基金とは

プリンストン大学との戦略的提携について

平成25年1月東京大学は、米国プリンストン大学との間で戦略的な提携関係を構築することで合意し、これに係る覚書を締結しました。 東京大学は、世界のトップ拠点との教員・学生交流の推進や、国際連携及び国際発信の強化等を通じて、「グローバル・キャンパスの形成」や「学術の多様性の確保と卓越性の追求」を図ることを最優先課題としています。 本学とプリンストン大学は様々な分野における学術交流の実績のもとに平成22年に全学学術交流協定を締結しておりますが、今回の戦略的提携により、各分野での相互交流が一層発展・拡大し、教育・研究の更なる国際展開が期待されます。 プリンストン大学との戦略的提携事業による学生交流の派遣費用を支援することを目的に、「プリンストン大学との戦略的提携」基金を立ち上げました。

 

プリンストン大学との連携の内容

東京大学とプリンストン大学とは、これまでも以下のような分野における学術交流の実績があります。
公共政策大学院
   ウッドロー・ウィルソンスクールとの東アジアの安全保障に関する研究交流
東洋文化研究所
   プリンストン大学東アジア部・研究所及び復旦大学文史研究院との学術
   コンソーシアムを通じた東アジア研究に関する研究交流
理学系研究科
   プリンストン大学宇宙科学教室との観測宇宙論プロジェクト

 

本提携により、さらに新たな共同研究・教育プログラムを推進し、以下の交流を行います。

1.学生、教員、職員の継続的な相互交流による教育・研究交流の推進

  • 相互の教員によるセミナー
  • 大学院レベルでの論文作成ワークショップ
  • 学部生、院生のためのサマーラボ
  • 教員、学生のための海外研修プログラム
  • 職員の相互研修

2.公募によるプリンストン大学との共同研究・教育プロジェクトの推進